インド最高裁が「生理休暇」請願を却下。その判断の背景と、日本への示唆

インド最高裁が「生理休暇」請願を却下——その判断の背景と、日本への示唆 世界情勢

インドの最高裁が、生理休暇の義務化を求める請願を却下した。インド最高裁判所が、生理のある労働者に対して月1〜2日の有給休暇を義務付けることを政府に求める請願を退けたという。BBCの報道によれば、裁判所は「これは立法府が決めるべき政策問題であり、司法が介入する範囲ではない」と判断したとのことだ。この判断は、女性の労働権と身体的な差異をどう制度的に扱うかという問いに対して、司法が明確な答えを出すことを回避したものとも読める。生理という生物学的な現実と、労働制度の設計、そしてジェンダー平等の意味——これらが複雑に絡み合う問題に、インドの最高裁がどう向き合ったかを私なりに考えてみたい。

インドにおける女性の労働環境の現実を把握する。インドは経済大国として急成長を続けているが、女性の労働参加率はアジアの中でも特に低い水準にある。世界銀行のデータによれば、インドの女性労働参加率は約20〜25%で、これは中国(約60%)や日本(約55%)と比べて際立って低い。その背景には、家父長的な文化規範、教育格差、女性が働くことへの社会的圧力、インフォーマル経済への依存など複合的な要因がある。生理休暇の問題は、こうした構造的な不平等の上に置かれている。生理痛が深刻な女性が職場で通常通りの勤務を求められる一方で、そうした身体的差異を「弱さ」として扱う文化的偏見が残っていることが、この問題の核心だ。

生理休暇という制度そのものの賛否を多角的に見る。生理休暇の義務化については、フェミニズムの内部でも意見が分かれている。支持派は「生理痛や月経困難症は実際に就労能力を損なう症状であり、それを無視した労働制度は女性を排除するものだ」と主張する。一方、慎重派は「生理休暇の制度化が『女性は特別扱いが必要』というステレオタイプを強化し、採用差別につながる可能性がある」と指摘する。また「同じ女性でも生理の影響の程度は大きく異なる。一律の休暇制度が本当に必要な人を助けるかどうか疑問」という声もある。日本でも労働基準法第68条で生理休暇が規定されているが、実際の取得率は低く、「取りにくい雰囲気」が指摘されてきた。制度があることと、使えることは別問題だということだ。

インド最高裁の「立法府の問題」という判断の意味を考える。裁判所が「これは政策問題だ」と判断することは、常に「問題はない」という判断とは異なる。今回の判断は、生理休暇の必要性を否定したのではなく、「その実現方法を法律として形にするのは議会と政府の役割だ」ということだ。この判断の背後には、インドの三権分立という制度的な考え方がある。同時に、インド議会が選んだ優先課題の中に生理休暇の立法化が入っていないという現実も示している。インドのモディ政権は経済成長とインフラ整備を最優先課題としており、ジェンダー関連の労働法改革は政治的な優先順位が低い。裁判所が政治的にデリケートな問題を議会に返した今回の決定は、制度的には正当かもしれないが、現実的には問題を先送りにしたとも言える。

生理の扱いをめぐる世界各国の制度的アプローチを比較する。日本は1947年の労働基準法制定時から生理休暇を法律で認めており、歴史的には先進的な制度を持っていた。しかし実際の取得率は近年1〜2%台と低い。スペインは2023年に生理痛による有給休暇を最大3日間認める法律を導入し、ヨーロッパで初めて生理休暇を法制化した国となった。韓国も生理休暇の規定を持つが、職場の空気を考えると取りにくいという声がある。インドネシア、ザンビア、台湾なども生理休暇の制度を持つ国だ。こうして見ると、生理休暇の法制化は特定の地域だけの問題ではなく、様々な文化的・政治的背景を持つ国で試みられてきた取り組みだということがわかる。一方で、法律があることと実態が伴うことの間にしばしばギャップがあることも、共通した課題だ。

ポジティブなシナリオでは、インド議会が独自の議論を進める可能性がある。最高裁が「司法の領域外」と判断したことで、ボールは議会に投げられた。インドでは野党や女性議員グループが生理休暇の法制化を求めて働きかけを続けており、今回の判決が「議会でこそ議論すべき」という世論の高まりにつながる可能性はある。また、大企業や多国籍企業が自発的に生理休暇を含む月経衛生管理(MHM)ポリシーを採用する動きも広がっており、法制化の前段として職場文化の変化が先行することで、後の立法化に向けた土台が作られる可能性もある。インドの若い世代、特に都市部の女性たちはこうした問題に関心が高く、選挙での投票行動を通じて政党に圧力をかける力を持ちつつある。

悲観的シナリオでは、問題は先送りされ続ける。インドの議会では与党・インド人民党(BJP)が大多数を占めており、ジェンダー関連の労働立法は優先課題として扱われにくい状況が続く可能性が高い。最高裁が「議会の問題」と判断したことで、逆に問題に対する社会的な圧力が弱まるという逆説もある。「裁判所で戦う場所があった」という希望が、「もう裁判所では戦えない」という閉塞感に変わりうる。また、インド農村部や宗教的に保守的な地域では、生理に関するタブーや偏見がいまだ根強く残っており、法律で休暇を認めたとしても実際に取得できる環境が整うには長い時間がかかる。制度は作れても文化は変わらない、という現実がある。

関連する数字で状況を把握する。インドの女性労働参加率は約23%(2023年世界銀行データ)で、G20諸国の中で最下位圏にある。インドの生産年齢女性(15〜64歳)の人口は約4億3000万人で、そのうち就業している女性は推定1億人程度とされる。月経困難症(重い生理痛を伴う月経障害)は、生理のある女性の約10〜15%に見られるとされており、インド女性約1500万〜2200万人が深刻な月経困難症を抱えている計算になる。インドでは生理用品へのアクセスも課題で、農村部女性の多くが月経衛生管理に困難を抱えているというデータもある。こうした数字が示すのは、生理休暇の問題が特定の少数の問題ではなく、数千万人規模の人々の生活に関わる問題だということだ。

日本への示唆として、制度と文化の両方を変える必要性を感じる。日本は生理休暇を法的に認めながらも、実際の取得率は極めて低い。「生理で休みます」と言いにくい職場の空気、「周りに迷惑をかける」という遠慮、そして「生理を理由に仕事ができないと思われたくない」という不安——これらが制度の活用を妨げている。インドの最高裁判決を見ながら、日本は「制度はある」という点では一歩進んでいる。しかし「使える制度になっているか」という点では、まだ課題がある。問題を「個人の意識の問題」として処理するのではなく、職場の制度設計と文化を変えていくことが必要だ。生理についてオープンに語れる職場環境を作ることは、女性にとってだけでなく、すべての人が自分の身体的な状態に正直に向き合って働ける職場を作ることにつながる。それは日本社会全体の労働生産性にも関わる問題だと私は思っている。

身体の現実を制度が認めることの意味を、最後に記しておく。生理休暇の問題は、突き詰めると「人間の身体の差異を、労働制度がどう扱うか」という問いに行き着く。妊娠・出産に関しては多くの国で特別な配慮が制度化されている。しかし生理は、毎月繰り返す身体のプロセスとして、まだ多くの職場で「個人の問題」として処理されている。身体の現実を無視した制度は、その制度からある人々を事実上排除する。インドの最高裁判決は、その問いを議会に送り返した。その問いが、議会で、職場で、家庭で、丁寧に扱われることを願っている。

この記事を書いた人

灰島

30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

コメント

🇯🇵 JA🇺🇸 EN
タイトルとURLをコピーしました