灰島

安全保障

先進国の左派はみな『国を守る』と言い切る。日本だけが降りたまま、70年が過ぎた

英下院が472対117で可決した瞬間のことを、考えている。2016年7月、英国議会はトライデント核ミサイル原潜の更新計画を圧倒的多数で承認した。注目すべきは、この賛成票の中に労働党議員の過半数が含まれていたことだ。党首のコービンは核弾頭廃棄を訴えていたが、自党の議員たちは背を向けた。左派であっても、核抑止力の維持は「議論の余地のない前提」だった。私がこの事実を辺野古の反対運動を追いかける文脈で改めて見直したとき、ある種の眩暈のような感覚を覚えた。同じ「左派」という言葉が、国によってこれほどまでに違うものを指しているのか、と。 スターマー首相の言葉は、さらに直截だった。
社会・文化

560万人の声が12人の死体に変わるまでの、あまりに短い距離

2026年3月、辺野古の海で声が途切れた。沖縄県名護市辺野古沖で基地建設に反対する抗議活動中に船舶2隻が転覆し、高校生1名と牧師1名が亡くなった。彼らは暴力を振るったわけではない。海に出て、声を上げようとしていただけだった。この事故の報道を追いながら、私はふと考え込んでしまった。日本の左派運動が辿ってきた道のりのことだ。理想を掲げて声を上げた人々の歴史が、いつの間にか暴力と内部崩壊の歴史へと変容し、やがて市民運動として再生し、そして今また辺野古の海で新たな犠牲者を出している。この連なりの中に、何が見えるのかを書いておきたい。 1960年、日本は文字通り揺れていた。
沖縄基地問題

辺野古移設費が過去最高を更新する前に、普天間の土地所有者3,400人の顔を見ておきたい

移設経費が過去最高を更新した。沖縄タイムスの報道によれば、2026年度の辺野古移設関連経費は契約ベースで3,373億2,300万円に達し、過去最高を更新した。事業の進捗率は16%から17.5%に留まりながら、予算の7割から8割がすでに消化されている。この数字をめぐる報道は、費用の膨張や工期の遅れを論じるものがほとんどだ。しかし私がここで注目したいのは、その議論の枠組みそのものに入ってこない別の構造である。普天間飛行場の土地を実際に所有している数千人の民間地主たちが、辺野古移設の行方によって自らの生活を左右される当事者であるにもかかわらず、ほとんど語られないという事実だ。
安全保障

10年経っても届かなかった「戦争」、届かなかった修正

「戦争する国になる」は何回繰り返されたか。2015年の安保法制、2013年の特定秘密保護法、2017年の共謀罪、そして防衛費のGDP2%への引き上げと反撃能力の保有。これらの政策が国会で審議されるたびに、同じフレーズが街頭に響いた。「戦争法案」「徴兵制が始まる」「報道の自由が死ぬ」「監視社会になる」「軍国主義の復活」。私はこれらの予言を嘲笑するためにこの記事を書いているのではない。予言が外れた場合に、なぜ同じ言葉が修正されずに繰り返されるのか、その構造に関心がある。 安保法制が成立したのは2015年9月19日のことだ。
国際情勢

インドとパキスタンがまたきな臭い、核保有国どうしの衝突がいつも怖い

インドとパキスタンがまたきな臭くなってきた。カシミール地方でのインド軍とパキスタン軍の衝突が相次ぎ、両国の外交関係が急速に悪化している。米外交問題評議会(CFR)が追跡するインド・パキスタン紛争は、冷戦終結後も繰り返される核保有国間の緊張という、世界の安全保障で最も危険なシナリオの一つだ。私はこのニュースを読むたびに、核兵器を保有する二国が通常兵器の衝突から核戦争に滑落していくシナリオが、決して荒唐無稽な話ではないことを再認識する。 カシミール問題は、インドとパキスタンの建国そのものと同じ歴史的深さを持つ。
アジア・東アジア

知事が「抗議船」と呼べなかった理由は、たぶん言葉の問題ではない

辺野古ボート転覆事故で玉城デニー知事が「抗議船」と呼べなかった背景を分析。オール沖縄会議、ヘリ基地反対協議会、中国との構造的接点を確認された事実と推論を区別しながら検証する。
ニュース分析

「平和学習」の配線図を描いたとき、私の手は少し震えていた

年間35万人が沖縄を訪れる修学旅行。その「平和学習」の裏側に、日教組、辺野古基金、ヘリ基地反対協議会、そして抗議船をつなぐ組織的回路が存在していた。辺野古転覆事故シリーズ第4回。確認された事実と推論を明確に分け、関係性の構造図とともに記録する。
ニュース分析

遺族のnoteに9万人が集まった夜、テレビは静かだった

辺野古転覆事故から1ヶ月、遺族がnoteで自ら事実を発信し9.3万人がフォローした。知床事故との報道量の差、産経の突出、朝日の後退。なぜ遺族が記者の代わりを務めなければならなかったのか。メディアの沈黙が問いかけるもの。
ニュース分析

抗議船を動かしていた人たち、共産党と牧師と市民運動が重なる場所で安全はどこにあったのか

辺野古沖転覆事故の抗議船を運航していたヘリ基地反対協議会の組織構造を検証。共産党幹部の船長、日本基督教団の牧師、2週間の沈黙。信念の中で安全は誰が守るのか。
国内

工事は止まったのに、あの船だけが出ていった

2026年3月16日午前10時10分、沖縄県名護市辺野古の沖合約1,540メートルの海域で、2隻の小型船が相次いで転覆した。乗っていたのは、京都府京田辺市にある同志社国際高等学校の2年生18名と、乗組員3名の計21名だった。最初に転覆した「...
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