10年経っても届かなかった「戦争」、届かなかった修正

安全保障

「戦争する国になる」は何回繰り返されたか。2015年の安保法制、2013年の特定秘密保護法、2017年の共謀罪、そして防衛費のGDP2%への引き上げと反撃能力の保有。これらの政策が国会で審議されるたびに、同じフレーズが街頭に響いた。「戦争法案」「徴兵制が始まる」「報道の自由が死ぬ」「監視社会になる」「軍国主義の復活」。私はこれらの予言を嘲笑するためにこの記事を書いているのではない。予言が外れた場合に、なぜ同じ言葉が修正されずに繰り返されるのか、その構造に関心がある。

安保法制が成立したのは2015年9月19日のことだ。日本共産党は「戦争法」という呼称で大規模な反対キャンペーンを展開し、2,000万人署名運動を組織した。国会前には主催者発表で約12万人が集まり、「いつでもどこでも米軍と一緒に戦争ができる国になる」というスローガンが掲げられた。日本平和学会は徴兵制導入の可能性を論点として提起し東京弁護士会は安保法制の違憲性を訴える声明を発表した。「自衛隊員の血が流れる」「若者が戦地に送られる」という言葉が、連日メディアで流された。

あれから10年が経った。予言の答え合わせをしてみる。徴兵制は導入されていない。政府は公式に、徴兵制は憲法第13条および第18条に違反するため再解釈の余地がないと答弁している。自衛隊の海外派遣で最も注目されたのは南スーダンPKO(2012年〜2017年)だが、派遣期間中の戦闘死傷者はゼロだった。2016年11月に「駆けつけ警護」と「共同防護」の新任務が付与されたものの、実戦での適用はなかった。任務内容は施設整備、道路補修、国連施設の敷地整備といった非戦闘的活動が中心だった。

ただし「ゼロ」を額面通りに受け取れば不誠実だ。南スーダンでは「衝突」が発生し、PKO元隊員が著書の中で「実質的な戦闘状態だった」と証言している。防衛省の「日報問題」は、現場の報告が政治的に不都合な形で処理された可能性を示唆し、透明性に対する根本的な疑問を残した。「戦闘死傷ゼロ」という事実は確かだが、その事実が導き出される過程に歪みがなかったのかどうかは、別の問いとして残り続ける。私がここで言いたいのは、「左派の予言は完全に外れた」と単純化することも、それ自体が一種のレトリックだということだ。

特定秘密保護法は2013年に成立し、2014年に施行された。3,000人を超える研究者が反対声明を出し、「戦前の政府を髣髴とさせる」「秘密国家・軍事国家への道」と訴えた。東京新聞は治安維持法との比較論を展開し、「報道の自由が奪われる」「国民監視社会になる」という危機感が広く共有された。

施行11年、報道機関への適用はゼロである。内閣府独立公文書管理監の報告を見ても、報道量に施行前後で大きな変化は確認されていない。報道機関に対する適性評価の適用もない。法は「報道・取材の自由に十分配慮する」と規定し、「公益目的の取材は正当な業務」として保護している。そもそも治安維持法は思想や政治活動そのものを処罰する法律だったのに対し、特定秘密保護法は防衛・外交・公安・核に関する限定的な秘密情報の漏洩のみを処罰する。法の構造が根本的に異なっている。「治安維持法の再来」という形容は、法的事実としては成立していない。

共謀罪、正式名称テロ等準備罪は、2017年7月に施行された。日弁連は「277の対象犯罪はテロと無関係であり、税務署に抗議に行こうと会話しただけで逮捕される可能性がある」と警告した。共産党の仁比聡平議員は「警察のさじ加減で、無縁の国民が深く傷つけられる」と訴えた。「一般市民が逮捕される」「内心の自由が侵害される」という懸念が広がった。

共謀罪については正直に書く。検証は不可能だ。法務省はテロ等準備罪について説明ページを公開しているが、具体的な検挙数や有罪件数の定期的な統計公表がない。「一般市民が逮捕された」という事例報告は公開情報では確認できない。だが「本当にゼロなのか」「統計が隠蔽されているのか」の判別もできない。共謀罪はパレルモ条約(国際組織犯罪防止条約)の批准要件として機能し、日本は2017年8月にTOC条約国に加盟した。だが、その後の運用実態が見えないという事実は、左派の「予言が外れた」とも「予言が当たった」とも言えない灰色の領域に留まっている。統計の非公開そのものが、この法律の最大の問題かもしれない。

GDP2%には「軍国主義」批判が投げかけられた。この主張を検証するには、国際比較が不可欠だ。日本経済新聞の報道によれば、2025年時点でNATO加盟国のうち31カ国がGDP比2%を達成しており、NATO平均は約2.5%に達している。ポーランドは4.48%、リトアニアは4.0%、エストニアは3.38%、米国は3.22%だ。日本が2027年に目指す2.0%はNATO平均を下回り、東欧諸国の約半分にすぎない。2025年6月にNATOが採択した「ハーグ防衛投資計画」は、2035年までにGDP比5%を目標としている。この数字の並びの中で、日本の2%を「軍国主義」と呼ぶことの意味を、私は冷静に考えたい。

反撃能力、旧称「敵基地攻撃能力」についても同様の構図がある。日弁連は2022年12月の意見書で「敵基地攻撃は憲法9条に基づく専守防衛に反する」と主張し共産党は「専守防衛を完全に投げ捨てるもの」と批判した。だが国際比較をすると、見える景色は変わる。米国はトマホーク巡航ミサイル(射程1,600km以上)を広範に配備し、英国はストームシャドウ(射程250km以上)をウクライナ支援で実戦投入している。フランスはSCALP-EG、韓国は射程500km以上の対地ミサイルを保有し、日本は2026年から2027年にかけてトマホーク400発の配備を予定している。NATO加盟国では長距離精密兵器の保有は標準装備であり、日本の導入は「新たな脅威」ではなく「国際標準への遅れた追従」という方が実態に近い。

ここまで事実を並べた上で、私が本当に考えたいのは別のことだ。なぜ、予言が外れても同じレトリックが繰り返されるのか。安保法制から10年、特定秘密保護法から11年が経過し、「戦争する国になった」事実も「報道の自由が死んだ」事実も確認されていないにもかかわらず、次の政策変更のたびに同じ言葉が蘇る。この現象には、嘲笑ではなく分析が必要だと私は思う。

レトリックは政策批判ではなく動員のために存在する。「戦争反対」「平和を守れ」というフレーズは、具体的な政策の中身とは独立して機能する情感的シンボルだ。デモの参加者を集め、署名を積み上げ、メディアの注目を引くための道具として、これらの言葉は極めて有効に機能してきた。2015年の国会前デモに12万人が集まった事実は、その動員力の証拠だ。問題は、動員のために最適化された言葉が、政策の検証のためには使えないということだ。「戦争法案」というレッテルは人を集めるが、法律の条文が実際にどう運用されたかを追跡する作業とは無関係に存在している。

「放棄」と「拡張」の混同が意図的に維持されている。専守防衛の「完全な放棄」と、専守防衛の枠内での「段階的な拡張」は全く異なる現象だが、反対運動のレトリックではこの二つが区別されない。防衛費がNATO平均以下であるという事実と、「軍国主義の復活」という形容が同時に流通する矛盾も、指摘されても修正されない。修正されない理由は、修正してしまうと動員のための言葉の強度が落ちるからだろう。正確さと動員力はしばしばトレードオフの関係にあり、運動体は動員力を選ぶ傾向がある。

エコーチェンバーの問題も無視できない。日本経済新聞の分析によれば、左派系アカウントのネットワークには「仲間内でばかりフォローしている」傾向が確認されている。東洋経済オンラインが報じたように、SNSでは「自分の意見は多数派だ」という錯覚に陥りやすい構造がある。日経クロステックの調査では、記者自身のタイムラインが大きく偏っていたことが報告されている。「戦争法案」という呼称は左派コミュニティの内部で相互強化され、外部の視点からの検証を受けることなく定着した。予言が外れたという事実が修正情報として伝わらないのは、その予言を共有するコミュニティ自体が外部と遮断されているからだ。

最も慎重に扱いたいのは共謀罪の不透明性だ。安保法制と特定秘密保護法については、「予言が外れた」と言える根拠がある。防衛費や反撃能力については、国際比較という客観的なものさしがある。だが共謀罪だけは違う。統計が公開されていない以上、「問題がないから適用されていない」のか「問題があるから隠されている」のか、外部からは判別できない。この不透明性は、左派の懸念を完全に退けることを不可能にすると同時に、左派の予言を裏づけることも不可能にしている。私は「分からない」としか書けない。そして「分からない」と正直に書くことが、この記事の誠実さだと考えている。

「戦争容認」のレッテルは民主主義を蝕む。防衛費の増額を支持する人間は「戦争好き」ではない。反撃能力の保有に賛成する人間は「軍国主義者」ではない。にもかかわらず、これらの政策に賛成の立場を取ること自体が道徳的に問題であるかのような空気が、一定の政治空間では醸成されてきた。NIRAの研究が指摘するように、SNS時代の政策決定には「感情的分極化」の傾向が観察される。感情的分極化の中では、政策の良し悪しではなく、その政策を支持する人間の道徳性が攻撃対象になる。これは議論ではない。議論のふりをした排除だ。

もっとも、右派の側にも同種の問題はある。左派の予言が外れたことを嘲笑し、「だから左翼は信用できない」と結論づけることも、同じ構造の裏返しだ。予言が外れた理由を構造的に分析し、何が正しくて何が間違っていたのかを一つずつ検証する作業は、左派にとっても右派にとっても不快なものだ。なぜなら、検証は「自分たちが全面的に正しい」という物語を許さないからだ。安保法制の日報問題は政府の透明性に疑問を残したし、共謀罪の統計非公開は行政の説明責任の欠如だ。「左派が全部間違い」とも「右派が全部正しい」とも言えない地点に立ち続けることが、私にできる最も誠実な態度だと思う。

武器輸出の見直しには「死の商人」批判が上がった。だが実態を見れば、見直しの中心は防衛協力の文脈にある。日本が英国・イタリアと共同開発を進める次世代戦闘機GCAP、フィリピンへの哨戒システム移転、そしてF-35の部品輸出といった事例は、いずれも同盟国や友好国との安全保障協力の枠組みの中で行われている。「死の商人」という言葉が喚起するイメージは、紛争当事国に無差別に兵器を売りさばく国家像だが、日本の防衛装備移転は相手国を厳格に限定し、国際紛争を助長しないことを要件としている。レトリックが描く像と現実の制度設計の間にある距離を、私は正確に測りたいと思う。

英国の事例は、この議論に一つの参照軸を提供する。英国労働党は伝統的に社会民主主義の立場を取り、核軍縮や平和外交を重視してきた政党だ。その労働党が政権を担う英国が、防衛費をGDP比2.5%に設定している。ストームシャドウ巡航ミサイルをウクライナに供与し、実戦で使用されている。英国労働党の支持者の中に「我が国は軍国主義だ」と主張する声が主流になっているだろうか。なっていない。防衛費の規模と軍国主義は自動的に結びつく概念ではないことを、英国の事例は示している。日本の左派が「GDP2%は軍国主義」と主張するとき、その論理をそのまま英国に当てはめれば、英国労働党政権は軍国主義政権ということになる。この帰結を受け入れる人は少ないだろう。

予言には「外れた場合の説明」が内蔵されている。「戦争法案」と呼んだ法律のもとで戦争が起きなかったとき、「まだ起きていないだけだ」「条件が整えば必ず起きる」という留保が自動的に発動する。予言は反証不可能な構造を持つように設計されている。「まだ起きていない」は論理的には正しい。明日戦争が起きる可能性はゼロではない。だがその論法に従えば、あらゆる予言は永久に「外れていない」ことになり、検証という行為自体が無意味になる。この不死身のレトリックが政治的議論を蝕んでいることに、私は静かな苛立ちを覚える。

反対すること自体が目的化する力学がある。東洋経済オンラインが指摘するように、SNSが政治に与える影響は無視できない規模に達している。デモの規模、署名の数、ハッシュタグの拡散力は、それ自体が運動の「成果」として測定される。だが「反対の声を上げた」ことと「政策を変えた」ことは別の話だ。安保法制反対デモに12万人が集まったが、法案は成立した。特定秘密保護法に3,000人の研究者が反対したが、法律は施行された。反対運動が政策決定を動かせていないという事実は、運動の戦略そのものへの問いを突きつけている。動員力があっても説得力がなければ、民主主義の中では数にならない。

この辺野古シリーズで私が追うのは構造の問いだ。そしてその構造の一部として、反対運動のレトリックがどのように機能してきたかは避けて通れないテーマだ。「戦争する国になる」という予言は、辺野古の反対運動にも深く浸透している。基地建設に反対する論理と、安保法制に反対する論理は、「戦争」という言葉を媒介にして一体化された。だが「戦争する国になる」が事実として成立していないとき、その言葉に依存していた反対運動の説得力はどうなるのか。これは運動の側が自問すべき問いだ。

予言が外れたこと自体は、恥ずかしいことではない。安全保障環境の変化に対して危機感を持ち、権力の暴走を警戒することは民主主義の健全な機能だ。問題は、予言が外れた後にその予言を修正しないことだ。「戦争法案」と呼んだ法律が10年間戦争を引き起こさなかったとき、次にやるべきことは「なぜ自分たちの予測が外れたのか」を分析することであり、同じ言葉をもう一度叫ぶことではない。この自己修正能力の欠如が、日本の左派が有権者の信頼を失い続けている最大の理由ではないか。

次に見るべきは、自己修正不全が辺野古で生む帰結だ。シリーズの中で、私はこの先もその問いを追い続ける。

📚 この記事をもっと深く理解するために

※Amazonアソシエイトリンクを含みます

📚 この記事をもっと深く理解するために

※Amazonアソシエイトリンクを含みます

この記事を書いた人

灰島

30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

コメント

🇯🇵 JA🇺🇸 EN
タイトルとURLをコピーしました