移設経費が過去最高を更新した。沖縄タイムスの報道によれば、2026年度の辺野古移設関連経費は契約ベースで3,373億2,300万円に達し、過去最高を更新した。事業の進捗率は16%から17.5%に留まりながら、予算の7割から8割がすでに消化されている。この数字をめぐる報道は、費用の膨張や工期の遅れを論じるものがほとんどだ。しかし私がここで注目したいのは、その議論の枠組みそのものに入ってこない別の構造である。普天間飛行場の土地を実際に所有している数千人の民間地主たちが、辺野古移設の行方によって自らの生活を左右される当事者であるにもかかわらず、ほとんど語られないという事実だ。
普天間飛行場の91%は民有地だ。衆議院質問主意書の記録が示す通り、普天間飛行場を構成する土地のうち、約91%は個人が所有する民有地である。その地主数は約3,400人から4,200人と推定されている。国有地の上に造られた基地ではない。何千もの家族が所有する土地が、戦後の混乱の中で米軍に接収され、そのまま基地として使われ続けてきた。1945年の沖縄戦直後、住民が収容所に入れられている間に米軍が土地を囲い込んだ経緯がある。1950年代には「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強制的な土地接収が行われ、沖縄県の公式記録にもその過程は残されている。1956年の「島ぐるみ闘争」では、プライス勧告に反発した20万人が抗議集会に参加した。土地はそうした歴史を背負ったまま、今も基地の下にある。
地主の4人に3人は年収200万円以下だ。琉球新報の調査および衆議院質問主意書に基づけば、普天間の軍用地主のうち75%以上が年間200万円以下の軍用地料を受け取っている。54%から57%は100万円以下だ。月額にすると8万円から16万円程度。これだけで一家族が暮らしていけるわけではないが、世帯収入の補助として欠かせない金額であることは間違いない。沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)が防衛省との交渉窓口となり、毎年の借地料を取りまとめている。支払いは年1回、8月にまとめて行われ、翌年2月から3月に土地評価増分の追加支払いがある。この支払いフローの中で、個々の地主は国との直接交渉力をほとんど持たない。土地連を通じた集団交渉に委ねるしかない構造が、戦後80年にわたって固定化してきた。
私はここで、ある種の冷たい怒りを感じる。数字を見つめるとき、私の中で何かが凍りつく感覚がある。75%が年間200万円以下。この数字は、地主たちが「軍用地料で大儲けしている既得権益者」だという本土からの偏見とは正反対の現実を示している。南日本新聞の取材では、地主同士が「金持ち」「裏切り者」と呼び合う姿が報じられている。ある地主は「売って基地がなくなるなら、すぐにも売りたいが」と語っている。戦後に暴力的に奪われた土地の上に、生活を依存せざるを得ない構造が作られた。その構造を「利権」と呼ぶのは簡単だが、月8万円の地料が「利権」と呼べるだろうか。制度が人を数字に変える瞬間を、私はこの統計の中に見る。
軍用地は投資商品へと変貌した。この構造をさらに複雑にしているのが、軍用地の投資商品化だ。日本経済新聞が報じた通り、沖縄の軍用地は売買市場で坪単価の40倍から60倍の価格で取引されている。年間利回りは1.7%から2.2%。空室リスクがない、支払い遅延がない、維持費がかからない。政府が支払い元であるため、デフォルトリスクは極めて低い。沖縄銀行をはじめとする県内金融機関は「軍用地ローン」という専用商品を提供し、開南コーポレーションなどの不動産業者が売買を仲介している。保証人は不要で、売買価格の20%から30%の自己資金があればローンが通る。近年は県外からの投資家による大量購入が進み、沖縄県民の土地が県外資本に流出しているとの懸念も出ている。軍用地ドットコムのような情報サイトが整備され、軍用地売買は一つの成熟した市場を形成している。つまり、普天間の存続は個々の地主の生活を支えるだけでなく、一つの投資市場全体を支えているのだ。
返還されたら経済は32倍になる。数字だけを見れば、普天間返還は圧倒的に合理的だ。沖縄県の公式試算によれば、普天間飛行場が返還された場合の年間経済波及効果は約3,866億円から4,000億円に達する。現在の軍用地料収入と比較して約32倍だ。内閣府の沖縄政策ページでも、返還跡地の利用は沖縄振興の柱として位置づけられている。沖縄懇話会は嘉手納以南の返還跡地における再開発の成功事例を紹介し、北谷地域の都市再生を挙げている。約476ヘクタール、東京ドーム約100個分の土地が商業利用に開放されれば、雇用は3万人以上創出されるという。
だが32倍の恩恵は地主に届かない。ここに問題の核心がある。返還後の跡地開発がもたらす年間4,000億円の経済効果は、沖縄経済全体への波及効果であって、個々の地主への直接的な収益ではない。跡地利用特措法に基づき、返還後3年間は従来の借地料相当額が補償金として支給される。だが4年目以降、年間200万円の地料で暮らしていた地主は、その収入を完全に失う。土地は返還されるが、それを再開発する資金も技術もない個人地主にとって、大規模開発に参画する道は限定的だ。区画整理事業が入れば土地は整理され、中間利益者が介在する。地主が手にするのは整理後の小さな土地か、買い取り金か、あるいは何年も続く開発の不確実性だ。マクロ経済の発展と個人の生活保障は、同じ方向を向いていない。
反対運動には正当な論拠がある。この記事は反対運動を否定するために書いているのではない。ここで事実を整理しておきたい。WWFジャパンの声明によれば、辺野古周辺海域には絶滅危惧種262種を含む5,300種以上の海洋生物が生息している。龍谷大学の研究チームは2024年にDNA分析により辺野古近辺でのジュゴンの生息を確認し、学術誌Scientific Reportsに発表した。沖縄タイムスが報じた軟弱地盤の問題は深刻で、海面下90メートルにわたってN値ゼロの地点が確認されている。日本経済新聞が指摘する通り、防衛省は約16,000本の杭を打ち込む設計変更を行ったが、水深70メートルを超える施工は世界的にも前例がない。費用は当初の3,500億円から沖縄県の試算で2.55兆円にまで膨らんでいる。これらはすべて検証可能な事実であり、反対の論拠として十分な重みを持つ。
県民の意思も明確に示されている。2019年の沖縄県民投票では、投票率52.48%のもと、71.7%にあたる434,273票が辺野古埋め立てに反対した。反対票は全有権者の37.65%に達し、条例が定めた「投票資格者の4分の1以上」を大きく上回った。玉城デニー知事は2026年に3選出馬を表明し、辺野古阻止を掲げ続けている。宜野湾市のパンフレットは、普天間を「世界一危険な飛行場」と位置づけ、固定翼機15件、ヘリコプター100件の事故が記録されていることを示している。2004年の沖縄国際大学へのヘリ墜落事故は、基地の危険性を象徴する出来事だった。これらの民意と事実は、反対運動の土台を構成している。
だが土地利権は語られない。私が問いたいのは、これらの正当な論拠が、同時に別の構造を覆い隠すスクリーンとして機能していないかということだ。環境破壊、技術的困難、費用膨張、県民の民意。いずれも重要だが、いずれも「なぜ地主たちは沈黙しているのか」という問いには答えない。月額8万円から16万円の地料で暮らす3,000人を超える地主たちが、移設反対の声の中でほとんど可視化されていない。彼らは「反対」でも「賛成」でもなく、「生活」という第三の軸の上に立っている。反対運動が環境や費用を前面に出すとき、その背後にある土地利権の構造は議論の外に置かれる。意図的にそうしているのか、あるいは構造的にそうなるのかは、私には判断できない。だがその結果として、問題の核心が見えにくくなっていることは指摘しておきたい。
地主たちは一枚岩ではない。土地連の元事務局長の証言にも表れている通り、軍用地主の中には多様な立場がある。年間数千万円を得る大規模地主は少数派であり、大多数は200万円以下の小規模地主だ。一方で、一坪反戦地主会のように、軍用地の返還そのものを求める地主組織も1982年から活動を続けている。基地反対の集会に参加した地主が「裏切り者」と呼ばれるケースもあれば、地料の増額を要求する地主が「金持ち」と揶揄されるケースもある。地主内部の対立は、沖縄社会の中でほぼ語られることがない。メディアは「基地反対の県民」対「政府」という二項対立で問題を描く。だが実際には、基地の土地を所有する人々の中に、反対と依存と葛藤が同時に存在している。
防衛予算はさらに膨らむ。移設関連経費の3,373億円に加え、東京新聞の報道によれば、普天間飛行場の補修費として2013年以降で217億円が日本政府から支出されている。移設が完了するまで普天間は使い続けられ、その維持費も日本が負担する。移設しても費用がかかり、移設しなくても費用がかかる。どちらの道を選んでも、国費は流れ続ける。その費用を最終的に負担するのは、沖縄県民だけではなく日本の納税者全体だ。
二者択一の外側にあるもの。辺野古に移設するか、普天間を維持するか。この問いの立て方自体が、問題を狭めている。移設が実現すれば、普天間は返還され、年間4,000億円規模の経済効果が生まれる。だが月16万円の地料で暮らしていた数千人の地主は、3年間の補償の後にその収入源を失う。移設が実現しなければ、普天間の危険性は存続し、辺野古の環境破壊への懸念は継続する。だが地主たちの軍用地料は維持される。この二者択一のどちらを選んでも、問題の一部しか解決しない。土地利権と安全保障と環境保全と民主主義の4つが同時に交差する場所で、政治的妥協だけが解を生み出すことはできない。
県外からの視線が問題を歪める。本土から沖縄基地問題を見る視線には、二つの典型的なバイアスがある。一つは「沖縄は基地で食べている」という偏見だ。軍用地料の75%が200万円以下であるという事実は、この偏見を明確に否定する。もう一つは「沖縄県民は一枚岩で基地反対だ」という単純化だ。2019年の県民投票で71.7%が反対した一方で、地主たちの経済的立場は賛成でも反対でもなく、「生活を維持したい」という第三の位置にある。本土のメディアは前者の偏見に対して後者の単純化で反論する構図を好むが、どちらも沖縄の現実を正確に映していない。土地利権の問題は、この二つのバイアスの間に落ちて消えている。
歴史は繰り返すのか。沖縄県の基地問題を長期的な時間軸で見ると、ある繰り返しのパターンが見える。1945年の土地接収、1956年の島ぐるみ闘争、1972年の本土復帰、1995年の少女暴行事件、1996年のSACO合意、2006年の辺野古移設閣議決定、2019年の県民投票。これらの節目のたびに、普天間の危険性が議論の中心に置かれ、移設の具体案が浮上し、費用と技術の問題が指摘され、そして地主たちの経済的現実は背景に退く。問題の構造は変わらないまま、表面の議論だけが循環している。普天間の補修に217億円が投じられている事実は、この循環の費用を端的に示している。移設は進まず、普天間は老朽化し、その修繕費を日本の納税者が負担し続ける。この膠着状態がもっとも利益を得るのは誰か。少なくとも、月16万円の地料で暮らす地主たちではないだろう。
私はこの問いに結論を置かない。辺野古問題を「正義対悪」で語ることは簡単だ。だが普天間の91%を所有する数千人の地主たち、その75%が年間200万円以下で暮らしている事実を知ったとき、正義と悪の境界線はぼやけ始める。戦後に土地を奪われ、その土地の上に基地を置かれ、その基地から支払われる地料で生活を支え、その生活を維持するために基地の存続を暗黙に受け入れる。この循環を「利権」と切り捨てるのか、「被害の形を変えた継続」と見るのか。私たちが辺野古を論じるとき、その議論の土台の下に、声を上げられない数千人がいることを、少なくとも知っておく必要がある。その人たちの顔が見えたとき、私たちはこの問題の何を、どう判断できるだろうか。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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