アメリカのミサイルが小学校の隣に落ちていた。これは正直、きつい話だと思う

アメリカのミサイルが小学校の隣に落ちていた。これは正直、きつい話だと思う 世界情勢

■ FLASH | 事実の核心

ミサイルが小学校の隣に落ちた。2025年3月、イエメン西部の市街地で、アメリカが発射したとされるミサイルが小学校のすぐ隣に着弾したことが報告された。死傷者の数は現地メディアによって異なるが、子どもたちが通う学校の壁が崩れ、窓ガラスが飛散したという証言が複数上がっている。アメリカ政府は「テロリストを標的にした精密攻撃だった」とのコメントを出したが、小学校の隣という事実は変わらない。

「精密攻撃」という言葉の重さ。私がこのニュースを最初に見たとき、正直言って言葉に詰まった。「精密攻撃」という言葉はいつも、目標の正確さを強調するために使われる。しかし精密であることと、安全であることは別の話だ。小学校の隣にミサイルが落ちて、そこに子どもがいたとしたら、どれほど精密だったとしても「成功した作戦」とは私には言えない。

■ CONTEXT | 背景と歴史

イエメン内戦は10年を超えた。イエメンでの戦闘は2015年にサウジアラビア主導の有志連合が介入してから本格化したが、その前段階から見れば2011年のアラブの春に端を発する政治的混乱が起点だ。フーシ派(正式名称はアンサール・アッラー)は北部から勢力を拡大し、今や首都サナアを含む大部分を支配している。アメリカはフーシ派をテロ組織に指定し、サウジアラビアを支援してきた。この戦争でこれまでに死亡した民間人の数は、国連推計で15万人を超える。

アメリカの軍事関与の歴史は長い。バラク・オバマ政権期からアメリカはドローン攻撃をイエメン各地で繰り返してきた。「アル=カーイダ・アラビア半島支部(AQAP)」や後に「イスラム国」の関連組織への攻撃という名目だったが、その過程で民間人が何度も犠牲になってきた。国連やアムネスティ・インターナショナルは繰り返し調査を求めてきたが、アメリカが軍事行動の詳細を公開したことはほぼない。

フーシ派は紅海でも暴れている。2023年のガザ紛争勃発以降、フーシ派は紅海を航行する商船を繰り返し攻撃し、「ガザへの連帯」を名目に掲げてきた。これを受けてアメリカは「オペレーション・プロスペリティ・ガーディアン」を発動し、フーシ派の軍事施設への爆撃を強化した。今回のミサイルはその一連の作戦の中での出来事だとみられている。

学校と病院は「保護施設」のはずだ。国際人道法のもと、学校・病院・礼拝所は原則として軍事攻撃の対象にしてはならないと定められている。仮にその建物の隣に軍事目標があったとしても、そこへの攻撃には「比例性の原則」が求められる。民間への被害が軍事的利益を上回らないかどうか、攻撃前に十分に検討されたのかどうかが問われる。

■ PRISM | 日本への照射

日本とイエメン、遠いようで近い関係だ。日本はイエメンへの人道支援を継続してきた数少ない先進国の一つだ。外務省のデータによれば、2023年度だけでも数十億円規模の支援がJICAや国連機関を通じて拠出されている。その支援が届くべき地域に、同盟国のミサイルが落ちているという構図は、日本外交の矛盾を突きつける。

日米同盟という「黙認の構造」がある。日本は日米安全保障条約のもと、アメリカの軍事行動に事実上の黙認を与え続けている。もしアメリカが違法な攻撃を行っていたとしても、日本政府がそれを公式に批判することはほぼない。この構造は「同盟の信頼性」という名のもとに維持されているが、小学校の隣にミサイルが落ちたようなケースでも沈黙し続けることが、日本の国際的な道徳的立場を傷つけていないか、私は真剣に問い直す必要があると思っている。

エネルギー安保とイエメン問題はつながっている。紅海を航行するタンカーへのフーシ派の攻撃は、日本のエネルギー供給にも直接影響する。日本は原油の約90%を中東に依存しており、紅海はその輸送ルートの一部だ。フーシ派の活動を抑え込もうとするアメリカの作戦は、日本のエネルギー安全保障にとってもある種の「恩恵」をもたらしている。しかしその代償を払っているのが、小学校の隣に住む子どもたちだとしたら、私たちはその事実から目を背けてはいけない。

■ SCENARIOS | シナリオ分析

楽観シナリオ:国際圧力で調査が実現する。人権団体や一部の欧州諸国が今回の事案を取り上げ、国連安全保障理事会での議題化を求めた場合、アメリカが独立した調査委員会の設置に応じる可能性がある。過去にはアフガニスタンでのドローン攻撃で民間人が死亡した際、米軍が調査を行い責任者を処分したケースも存在する。透明性の確保が、長期的な反米感情の拡大を防ぐ。

楽観シナリオが実現するための条件は何か。決め手はメディアの継続的な報道だ。一度のニュースサイクルで消費されてしまえば、調査圧力は消える。現地の記者が証拠映像を保全し、国際メディアが追い続けることが鍵になる。また、サウジアラビアがアメリカへの配慮よりも国際的なイメージを重視する方向に動けば、外交的な圧力が生まれる余地がある。

悲観シナリオ:またも「証拠不十分」で幕引き。アメリカは「作戦は適法だった」という声明を繰り返し、独立調査を拒否する。イエメン国内の混乱状態を理由に証拠収集は困難とされ、ニュースは2週間以内に消えていく。フーシ派との戦闘は続き、民間人の被害も続く。こうしたパターンはイエメンで過去に何度も繰り返されてきた。

悲観シナリオが示す構造的問題とは何か。問題の本質は、強大な軍事力を持つ国家が自らの行動を自ら裁く「自己監査」の構造にある。国際刑事裁判所(ICC)はアメリカを管轄できない(アメリカはローマ規程を批准していない)。国連安保理ではアメリカが拒否権を持つ。この二重の免責構造が変わらない限り、小学校の隣にミサイルが落ち続けても、誰も責任を取らない状態が続く。

■ DATA ROOM | 数字で読む

数字が語る戦争の実態。国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、2024年時点でイエメムの人口3300万人のうち約2160万人が何らかの人道支援を必要としている。子どもの5人に1人が急性栄養不良の状態にあると推定され、世界最悪レベルの人道危機が続いている。また、国際NGO「エアウォーズ」のデータによれば、2015年以降のアメリカによるイエメンへの空爆は累計で数千回に達し、そのうち民間人の死傷が確認・疑われるケースが数百件記録されている。

紅海封鎖の経済的影響も無視できない。フーシ派の紅海攻撃により、スエズ運河経由の輸送は2023年末から急減し、代替ルートである喜望峰回りを選ぶ船が急増した。英調査会社クラークソンズによれば、迂回によって1航行あたりの輸送費は平均で40〜60%増加したとされる。この影響は日本も含む世界の消費者物価に波及している。

■ HAIJIMA’S TAKE

「精密攻撃」という言葉を疑うべきだ。私が今回の件で最も気になるのは、「精密攻撃」という言葉が持つ麻酔効果だ。精密という言葉は技術の高さを示すが、それが免罪符にはならない。標的の隣に子どもたちの学校がある状況で攻撃を決断した人間の判断を、技術の精度では正当化できない。戦争においては常にそういった判断が行われており、だからこそ国際人道法が存在する。その法が機能しているかどうかを問い続けることが、私たちメディアの、そして読者一人一人の義務だと思っている。

遠い話ではない、と私は思う。イエメンは遠い国だ。しかし、そこで子どもが死ぬ構造に日本が同盟として関与しているという事実は、遠い話にしてはいけない。日本がアメリカの軍事行動に対して沈黙を続けることの代償を、私たちはもっと真剣に考えるべき時期に来ていると、私は感じている。

この記事を書いた人

灰島

30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

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