フランスがコートジボワールに100年ぶりに「聖なる太鼓」を返還した。これは素直に嬉しいニュースだと思う

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■ FLASH | 事実の核心

100年ぶりに「聖なる太鼓」が故郷に戻った。2025年3月、フランスはコートジボワールに対し、1915年に持ち去った「聖なる太鼓(ドゥンドゥン)」を正式に返還した。この太鼓はコートジボワールの植民地時代前期に生きた王がいた地域の宗教的・文化的象徴であり、フランス国立自然史博物館に保管されていた。返還式典には両国の文化大臣が出席し、地域の伝統的指導者たちが太鼓を受け取った。100年以上ぶりの帰還だ。

これは素直に喜んでいい出来事だと私は思う。文化財の返還問題は、しばしば政治的な対立や「どちらの言い分が正しいか」という議論になりがちだ。しかし今回の件に関しては、私は複雑な留保をつけずに「良いことが起きた」と言いたい。100年以上、他の国の博物館の棚に「展示品」として置かれていたものが、本来の持ち主の元に戻ったのだから。

■ CONTEXT | 背景と歴史

フランスの植民地支配とアフリカ文化財の略奪史。フランスはアフリカに広大な植民地帝国を持っていた。現在のコートジボワール、セネガル、マリ、カメルーン、コンゴなどがフランスの支配下に置かれ、そこから大量の文化財・美術品・宗教的器物がフランスに持ち込まれた。その数は推計で9万点以上にのぼり、パリのケ・ブランリー博物館やルーブル美術館などに保管されている。多くは現地の同意なく収奪されたものだ。

マクロン発言が転機になった。2017年、エマニュエル・マクロン大統領はブルキナファソでの演説で「アフリカの文化財をアフリカに返すべきだ」と発言し、世界に衝撃を与えた。フランスの現職大統領がこれほど明確に植民地時代の収奪を認め、返還を約束したのは初めてだった。翌2018年には経済学者のフェリウィン・サールと法律専門家のベネディクト・サヴォワが「アフリカの文化財の回収と返還について」と題した報告書を提出し、返還の具体的な法的枠組みを示した。

法的な壁を乗り越えた経緯。フランスでは長らく、国立博物館の収蔵品は「国家財産」であり売却や譲渡が法的に禁止されていた。返還を実現するには法律の改正が必要だった。2020年、フランス国民議会はセネガルへの26点とベナンへの26点の返還を認める特別法を可決した。今回のコートジボワールへの返還も、こうした法整備の積み重ねの上に実現したものだ。

返還の動きはフランスだけではない。ドイツは2022〜23年にかけてナイジェリアへの「ベナンのブロンズ」(1897年にイギリスが略奪しドイツ博物館が購入したもの)の返還を進めた。ベルギーもコンゴへの文化財返還の準備を進めており、欧州全体で植民地時代の収奪品の見直しが始まっている。大英博物館も返還圧力を受けているが、イギリスはまだ腰が重い。

■ PRISM | 日本への照射

日本も文化財返還の問題と無縁ではない。日本は朝鮮半島の植民地支配期(1910〜1945年)に、大量の文化財・美術品・古文書を持ち去った歴史を持つ。韓国政府の推計では、日本にある朝鮮半島由来の文化財は約10万点に達するとされる。2011年に日本は朝鮮王室儀軌(王室の記録書)1,205冊を韓国に返還したが、それは全体のごく一部に過ぎない。

文化財返還は外交カードでもある。日韓関係において、文化財問題は慰安婦問題や徴用工問題と並ぶ歴史的懸案の一つだ。フランスがアフリカ諸国との関係改善のために文化財返還を活用したように、日本も文化財返還を通じて韓国や他の近隣諸国との信頼関係を構築できる可能性がある。これは弱さの表れではなく、歴史的責任の取り方の一つだと私は思う。

「保存能力」論の限界。文化財返還に反対する側がよく持ち出す論拠は「現地には適切な保存施設がない」というものだ。確かに、保存の問題は無視できない。しかし今日のアフリカや韓国の博物館・保存技術は、かつてとは比べ物にならないほど発達している。「あなたたちには保存できない」という論理は、植民地主義的なパターナリズムの延長線上にある。

■ SCENARIOS | シナリオ分析

楽観シナリオ:返還の波が欧州全体に広がる。フランスの今回の取り組みが成功事例として定着し、ドイツ・ベルギー・オランダ・イギリスも大規模な返還に動く。植民地時代の文化財の9割以上が起源国に戻り、世界中の博物館が「奪われたものではなく、自らの文化を展示する場所」に変わっていく。これが実現すれば、文化外交の新時代が始まる。

楽観シナリオが広がるための鍵は何か。資金調達と保存技術の支援が不可欠だ。文化財が戻っても、適切な施設がなければ意味がない。欧州諸国が「返還と支援をセットで行う」モデルを確立できれば、返還への政治的障壁が下がる。UNESCOがその調整役として機能を強化することも重要だ。

悲観シナリオ:返還が政治的なポーズに終わる。フランスが今回返還したのは、数万点の収蔵品のうちわずか数点だ。「形だけの返還」でアリバイを作り、残りを抱え込み続けるという批判はすでにアフリカの専門家から上がっている。法律の改正も「個別案件ごとの特別法」という形をとっており、包括的な返還の枠組みにはなっていない。

構造的な問題は解決していない。博物館の収支に占める「アフリカ・アジアコレクション」の集客貢献度は無視できない。文化財が全て返還されれば、欧州の博物館のコレクションは大幅に縮小する。この経済的現実が、包括的な返還への障害であり続けている。「正しいことをする」のにコストが伴う場合、人間の組織はなかなか動かない。

■ DATA ROOM | 数字で読む

欧州の博物館に眠るアフリカの文化財。2018年のサール=サヴォワ報告書によれば、パリのケ・ブランリー博物館だけで約7万点のサハラ以南アフリカ由来の収蔵品があり、うち70,000点以上がフランスの植民地支配期に取得されたものだとされる。ケ・ブランリーで展示されているのは収蔵品の約5%に過ぎず、残りは倉庫に眠っている。大英博物館も約7万点のアフリカ関連収蔵品を持つとされる。

返還の実績はまだ少ない。フランスがこれまでに正式返還した文化財は、ベナンへの26点、セネガルへの26点、そして今回のコートジボワール案件を含めても合計で100点程度だ。数万点の収蔵品を抱える中での返還率は0.1%以下に過ぎない。「象徴的な一歩」という評価と「ほとんど何もしていない」という批判、どちらも正直的外れではない。

■ HAIJIMA’S TAKE

この一歩を評価しながら、次の一歩を求めたい。私はフランスの今回の行動を批判的に見ているわけではない。むしろ、100年越しに「間違っていた」と認め、物を返したことは称賛されるべきだと思う。しかし同時に、これが「完了」ではなく「始まり」であることを、フランスはもちろん、日本を含む世界の旧植民地大国は直視しなければならない。

太鼓が帰ってきた意味を噛み締めたい。100年間、パリの博物館の棚に置かれていた太鼓が、100年ぶりに「演奏される音楽」の場に戻った。それは単なる物の移動ではなく、アイデンティティの回復だ。この種の喜びが、もっと多くの人々に届くことを、私は願っている。

この記事を書いた人

灰島

30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

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