中国が「民族団結法」を正式に通した。この法律は、漢族以外の55の少数民族に対する統制を強化する内容だ。背筋が冷える思いがするのは、この法律が「統一」という名目で、実質的には同化政策を強制するものだからだ。私は、これを21世紀の民族抑圧政策の新しい形態だと考える。
中国の少数民族政策は、歴史的には相当に複雑だ。中華人民共和国は建国当初、「民族区域自治制度」という名目で、チベット、新疆(ウイグル)、モンゴル、そして広西などの少数民族地域に、一定の自治権を認めることで、統治を正当化してきた。だが、この自治権は、常に中央政府の統制下にあり、本当の意味での自治ではなかった。
20世紀から現在にかけての中国の少数民族政策を見ると、大きく三つの段階に分かれる。第一段階は、毛沢東時代の「同化と統制」。第二段階は、改革開放後の「経済的融合の促進」。そして第三段階が、2015年以降の「文化的一体化の強制」である。この新しい「民族団結法」は、第三段階をさらに先鋭化させたものなのだ。
具体的には何が起きるのか。この法律は、少数民族が自分たちの言語や文化を完全に維持することを困難にする。例えば、ウイグル教育では、ウイグル語での授業が段階的に廃止され、漢語(標準中国語)への統一が進む。チベットでも同様だ。宗教活動も、国家によって「管理」される形に変わっていく。つまり、これは文化的ジェノサイドの合法化なのである。
歴史的に見えば、この動きは古い。モンゴル帝国が支配下のクリミア・タタール人を同化させようとした。オスマン帝国もアルメニア人に対して同化圧力をかけた。そして近代では、ナチス・ドイツがユダヤ人に対して何をしたのか、私たちは知っている。中国の「民族団結法」は、こうした歴史的弾圧を正当化する法的枠組みを整備したということだ。
中国政府の正当化論理は「国家統一」と「民族調和」である。分裂主義を防ぎ、一つの中国を守るため、という名目だ。しかし、これは典型的なオーウェルの「二重思考」である。「統一」という美名の下で、少数民族の多様性を破壊し、その結果「調和」ではなく「同化」を強制するのだから。
日本への影響を考えると、直接的な危機はないかもしれない。だが、この法律が象徴するもの、つまり「多様性を認めない国家観」が地域全体に広がれば、その影響は甚大だ。中国がこの路線を進めれば、チベットやウイグルでの反発はさらに激化する。地下的な独立運動が一層拡大する。そして、中国政府はそれに対して、さらなる弾圧で応じるという悪循環に陥る。この内部的な不安定性は、やがて地域全体の不安定性へと転化する。
特に懸念されるのは、この法律がチベットやウイグルの自治権をさらに骨抜きにすることだ。2008年のチベット暴動、2009年のウイグル暴動。こうした歴史的な対立の火種は、完全には消えていない。むしろ、若い世代の中では、民族的アイデンティティへの憤怒が蓄積されている。この法律は、その怒りに油を注ぐものになるだろう。
ポジティブなシナリオは相当に限定的だが、存在しないわけではない。例えば、この法律が実際には形式的な通過に過ぎず、地方レベルでの運用が緩和される可能性もある。中国は地方分権的な側面も持っており、実行段階での予想外の抵抗や工夫が生じることもあり得る。また、国際的な人権批判の高まりが、中央政府に一定の配慮を強いる可能性もある。
しかし現実は厳しい。習近平政権は、イデオロギー的一体性を重視する傾向を強めている。この「民族団結法」は、その思想的延長線上にある。つまり、この法律を通すことで、習近平指導部は、「中華民族の一体化」という夢を現実化しようとしているのだ。
ネガティブなシナリオとしては、少数民族地域での反発の激化が最も懸念される。特にウイグル地域では、既に国際的な非難の対象となっている「再教育キャンプ」のような施設が、さらに拡大する可能性がある。同化されない者は、危険分子として扱われるようになるだろう。結果として、数百万人規模での人権侵害が深刻化する。
別のネガティブなシナリオは、内部的な民族紛争の激化が、やがて国家の安定性を脅かす可能性である。歴史的に見えば、大帝国の衰退の多くは、支配下の民族による反乱によってもたらされている。オスマン帝国も、ロシア帝国も。中国がこの路線を進めば、長期的には、国家的な不安定性へと結実する恐れがある。
データとしては、中国の少数民族人口は約1億2000万人、全人口の約8.5%である。その中で、ウイグル族は約1100万人、チベット族は約600万人。つまり、中国は相当な数の「同化対象者」を抱えており、この法律の影響範囲は極めて広いのだ。
私の見立てとしては、中国の「民族団結法」は、習近平政権の最も危険な側面を露出させたものだと考える。多様性を認めない国家観は、長期的には国家自身の活力を蝕む。経済的成功を遂げた近代国家が、文化的弾圧によって衰退していく。これは歴史が何度も示してくれた悲劇的なパターンだ。日本としては、中国の民族政策に対して、もっと明確な立場表示をすべき時期に来ているのではないだろうか。人権と多様性は、単なる西側の価値ではなく、人類普遍の価値であり、それに基づいた外交を展開する必要がある。
出典:BBC News – China passes ethnic unity law
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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