BBC国際放送の資金が今月で切れるらしい。これは笑えない話だと思う。100年近い歴史を持つBBC World Serviceが、予算不足によって縮小される可能性が出てきた。これは、単なるメディア企業の経営危機ではなく、民主主義的な情報発信の衰退を意味しているのだ。
BBC World Serviceは、かつて世界の民主主義的なメディアの象徴だった。イギリスのサッチャー政権下でも、アメリカのレーガン政権下でも、BBC World Serviceは、独立的で中立的な報道を世界に発信し続けた。ソビエト連邦の支配下にあったポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアでも、多くの人々がこのBBCの放送を聞いて、世界の動きを知ることができたのだ。
歴史的に見えば、BBC World Serviceは、イギリス帝国の衰退とともに歩んできた機関だ。第二次世界大戦後、イギリスが大国の地位を失いつつある中で、BBC World Serviceは、イギリスの「ソフトパワー」の最後の砦として機能してきた。つまり、軍事力や経済力ではなく、信頼できる情報提供を通じて、イギリスの影響力を保持してきたということだ。
現在、BBC World Serviceは、アフリカ、アジア、中東、ラテンアメリカなど、複数の地域で、母国語での放送を行っている。スワヒリ語、アラビア語、ウルドゥー語、ベンガル語、そしてアマハラ語。これらの言語での放送は、その地域の識字率の低い人々にも、重要な情報を提供してきた。つまり、BBC World Serviceは、単なる「イギリスの宣伝機関」ではなく、発展途上国における民主主義的情報インフラの重要な役割を果たしてきたのだ。
予算削減が実現すれば、どうなるのか。複数の言語での放送が廃止される。スタッフが大量に削減される。結果として、発展途上国における独立的で信頼性の高い情報源が失われる。その空白を埋めるのは、誰なのか。中国のCCTV、ロシアのRTなどの国営メディアである。これらのメディアは、情報統制的で、プロパガンダ的な性質を持っている。つまり、BBC World Serviceの衰退は、世界における民主的情報空間の縮小を意味しているのだ。
イギリス政府の立場からすると、BBC World Serviceへの支援は、「外交的投資」として理解されるべきだ。軍事力によって地域を支配することはできないが、情報発信によって、その地域における「英語文化圏」の影響力を保持することはできる。その意味で、BBC World Serviceは、イギリスの国益に奉仕する機関なのだ。だからこそ、経済危機の中でも、これは維持すべき投資なのである。
日本の視点から見ると、BBC World Serviceの衰退は、直接的な脅威となる。日本は、アフリカなどの発展途上国との外交関係を重視するようになっている。その中で、信頼性の高い日本語メディアの役割は重要だ。だが、NHK World Serviceも、予算的な制約を抱えている。BBC World Serviceの衰退は、日本にとっても、発展途上国との情報的な結びつきを強化する必要があるというメッセージになるはずだ。
ポジティブなシナリオとしては、BBC World Serviceが、ストリーミング技術やポッドキャストなどの新しいメディアプラットフォームへのシフトを通じて、より効率的で、かつ幅広い視聴者層にリーチできるようになる可能性がある。従来のラジオ放送から、デジタルメディアへの転換は、実は予算効率を高めるかもしれない。また、BBC World Serviceが、地元のメディアパートナーとの協力を強化することで、より持続可能なモデルを構築する可能性もある。
もう一つのポジティブなシナリオは、イギリス政府がBBC World Serviceの戦略的価値を再認識し、追加予算を配分する可能性である。イギリスが、ポスト・ブレグジットの時代に、グローバルな影響力を保持しようとするなら、BBC World Serviceへの投資は不可欠だ。その認識が高まれば、予算削減は回避できるかもしれない。
ネガティブなシナリオとしては、BBC World Serviceの大幅な縮小が現実化し、複数の言語での放送が廃止される可能性が高い。この場合、発展途上国における独立的な情報源は著しく減少し、中国やロシアなどの権威主義的メディアの影響力が拡大する。その結果、世界的な民主的情報空間が大きく縮小する。
別のネガティブなシナリオは、BBC World Serviceの衰退がイギリスのソフトパワーの喪失につながることだ。イギリスは既に、経済的には衰退しつつある。軍事的な影響力も、かつてのような絶対的なものではない。その中で、情報発信力が失われれば、イギリスの国際的地位は急速に低下する。
データとしては、BBC World Serviceの現在の放送言語は42言語に及ぶ。視聴者数は週間で約3億人に上る。つまり、この機関は、グローバルな規模での影響力を持つメディアなのだ。その衰退の影響は、相当に広い範囲に及ぶ。
私の見立てとしては、BBC World Serviceの予算問題は、ポスト・ウェスタン・ヘゲモニーの時代における、民主的情報空間の縮小を象徴しているのだと考える。かつて、西側民主主義国家は、信頼性の高い情報発信を通じて、世界的な影響力を行使できた。だが、今、その能力は衰退しつつある。その結果、権威主義的な情報発信がその空白を埋めつつある。これは、グローバルな民主主義の観点から見て、極めて危険な傾向だ。イギリスとしても、日本としても、この傾向に対抗するための情報発信力の強化は、単なる文化的な問題ではなく、戦略的な問題なのである。
出典:BBC News – BBC World Service funding cuts
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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