アメリカが「第三国送還」を拡大中。少し前から気になっていたニュースがまた動いた。ガーディアンの報道によると、南部アフリカの小国エスワティニが、アメリカから4人の「第三国送還」の移民を受け入れたと発表した。これで合計19人になったというが、この4人はソマリア出身が2人、スーダン出身が1人、タンザニア出身が1人だという。つまりエスワティニとはなんの縁もない人たちが、エスワティニに送り込まれているわけだ。
「第三国送還」という仕組みの奇妙さ。少し整理しておきたい。通常、強制送還というのは「その人が出身の国」に帰らせるものだ。でもこの「第三国送還」は、出身国でもなく、アメリカでもない、まったく別の国に送り込むというやり方だ。トランプ政権はこれを移民抑制策の柱のひとつにしていて、エスワティニとの間で数百万ドル規模の取引を結んでいると報じられている。要するに「うちの国には入れないが、金を払うからあの国に預かってもらう」という構図だ。これは正直きつい話で、当事者の人たちにとっては自分の命運を自分で決める余地がほとんどない。
エスワティニという国の背景。なぜエスワティニなのか、というのは多くの人が疑問に思うはずだ。エスワティニはアフリカ南部の内陸国で、旧名はスワジランド。2018年に国王ムスワティ3世が現在の名前に改めた。アフリカで数少ない絶対君主制が続いている国で、国王が持つ権限は非常に強い。だからこそ、議会の承認を必要とせず、こうした外交上の取引が比較的速やかに動きやすいという側面がある。一方でエスワティニには独自の文化や自然の豊かさがあり、特に年に一度行われる伝統祭事「インクワラ」や「ウムランガ(葦の踊り)」は国際的にも知られている。人口は約120万人という小国ながら、南アフリカとモザンビークに囲まれた地理的な存在感もある。ただ、それと今回の話は切り離して考えなければいけない。
Xでも戸惑いの声が広がっている。X(旧Twitter)で「Eswatini says received」と検索してみると、英語圏を中心に「なぜエスワティニなんだ」「その人たちは今どこにいるのか」「これは人権上どういう扱いになるのか」という声が多く見られる。怒りというよりは困惑の方が強い印象で、この仕組み自体をまだうまく理解できていない人が多いようだ。正直、僕もそうだ。法的な根拠や処遇の詳細がまだほとんど見えていないのが現状で、これは継続して追いかけるべき案件だと思っている。
日本への影響は直接的ではないが無関係でもない。「アフリカの小国とアメリカの移民政策が日本に関係あるのか」と思う人もいるかもしれないが、これが無縁かというと、そうとも言い切れない。日本は現在、入管法の改正や技能実習制度の見直しを通じて、外国人の受け入れと管理の仕組みを模索している段階だ。アメリカが「金を払って第三国に移民を押しつける」という方式を定着させていくと、それが国際的な移民管理の「常識」になっていく可能性がある。日本はこれまで、外国人の処遇に関して独自の慎重なスタンスを保ってきた。その姿勢が問われる局面が、遠からず来るかもしれない。
ポジティブとネガティブ、両方のシナリオ。ポジティブな方向としては、こうした取引が国際的な注目を集めることで、移民・難民の処遇に関する国際基準を議論し直すきっかけになる可能性がある。国連難民機関や人権団体が積極的に動けば、第三国送還の法的要件が明確化され、当事者の権利が守られる仕組みが整うシナリオも十分ありえる。一方でネガティブなシナリオとしては、この方式が「前例」として広がり、他の小国も資金欲しさに同様の取引に応じるようになることだ。そうなると、本来守られるべき難民認定申請の権利が形骸化していくリスクは高い。さすがにそれはおかしいと多くの国が声を上げられるかどうかが、ひとつの分岐点になる。
鍵は「透明性」と「法的根拠の明確化」だ。今後この問題で注目すべきは、送還された人たちの現在の法的地位がどう扱われているかという点だ。難民申請の機会があるのか、自由に移動できるのか、それとも実質的な拘禁状態に置かれているのか。これが明らかになるにつれて、国際社会の反応も大きく変わってくるだろう。アメリカの移民政策は今後さらに強化される方向に動いており、このエスワティニとの取引は氷山の一角にすぎない可能性が高い。だからこそ、個々のケースを丁寧に追い続けることが重要で、「なんとなくそういうことをやっている」で終わらせてはいけないニュースだと思っている。


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