利上げするべき理由と、するべきでない理由が、この瞬間の日本経済の中で、ほぼ等しい重さで共存している。4月28日の日銀金融政策決定会合を3週間後に控えた今、市場が示す数字は、その均衡状態を象徴している。
4月の利上げ確率は、14日午後3時15分時点で31%。10日時点では57%だった。わずか4日で26ポイントも下落した。金利スワップ市場の取引動向から東短リサーチが算出した指標だが、この落ち幅は、市場心理の急速な変化を物語っている。
なぜこんなことになったのか。それを理解するには、今この瞬間に、世界がどこに注視しているかを見る必要がある。
中東での停戦交渉がホルムズ海峡を揺さぶる。21日、ホルムズ海峡を挟むイランとその周辺勢力との間で結ばれた停戦協定の失効期限が迫っている。この枠組みが崩れれば、世界有数の石油輸送路はふたたび緊張状態に陥る。石油価格の上振れは、日本の輸入インフレを加速させる可能性がある。
同時に、米国の利上げペースが予想より鈍化する兆候が出始めている。FRBは3月に0.75%まで引き上げたが、その後の経済指標は弱さを示唆している。米国の金利上昇が一服すれば、円キャリトレード(円安を背景にした投機的取引)の巻き戻しが起こり、急速な円高が日本の輸出企業に圧力をかけることになる。
この状況下で、日銀が0.25%の利上げを実行すべき理由は明確だ。第一に、物価上昇圧力がなお存在する。賃金上昇も続いており、デフレ脱却の基盤を固める好機である。第二に、世界の主要中央銀行が既に利上げを進める中で、日銀だけが金融緩和を続けることは、ジャパン・プレミアム(日本資産への割引)をさらに深刻にする恐れがある。第三に、実質金利はなお負であり、金融の過度な緩和状態を正常化する必要がある。
しかし同時に、この時期に利上げを見送るべき理由も、同じくらい正当である。
停戦失効という地政学的不確実性が突きつけるもの。21日に失効期限を迎えるイラン関連の停戦協定は、実質的には「何かが起きる可能性を秘めた日程」である。その約1週間後に金融政策の「取り返しのつかない判断」を求めるのは、政策立案者にとって酷な状況だ。4月中旬に、この地政学的リスクの顕在化を確認した後に利上げを決める方が、市場にも経済にも自然である。
加えて、日本の家計の多くが直面する現実がある。変動金利の住宅ローンを抱えた家族は、既に利上げのシナリオを織り込みながら、毎月の返済額の増加に怯えている。金利を上げるなら上げるで、家計側の適応時間を与えるべきだという議論も成立する。
さらに、市場の金利は既に先行している。長期金利は既に1.0%を超えており、市場参加者は利上げを部分的に織り込んでいる。この状態で政策金利を引き上げても、その追加的な経済効果は限定的かもしれない。むしろ、過度な引き締めが成長を損なうリスクの方が大きい、という見方も存在する。
私が感じるのは、こうした両立不可能な正当性の同時存在である。利上げをすべき理由も、できない理由も、どちらも経済学的・政策的に筋が通っている。そしてその中で、日銀総裁・植田和男が示す態度は、明確な「煮え切らなさ」だ。
先週の会見で植田総裁は、4月利上げの可能性を「排除していない」と述べた。しかし同時に、その確率が「高くない」ことも匂わせている。この言い回しの曖昧さは、決して総裁の優柔不断さではなく、むしろ自分の判断がどちらに傾く正当性も十分にあることを認識している誠実さだと私は読む。
多くの政策立案者は、「決定を下す」ことを期待される。だが実際の経済は、時に「判断を保留する」方が責任ある態度である局面を作り出す。2026年4月の日本がそうした状況にあるのではないか。
停戦失効を待つということは、何を待つということなのか。それは、地政学的リスクの形状がはっきりしたとき、初めて利上げの判断も「正当性」を持つようになる、という計算だと思われる。逆に言えば、21日を越えて何も起きなければ、4月末の追加会合(5月分の検討)や次回6月会合での利上げが自然な流れになる。つまり、植田総裁は「今の判断を最適化する」のではなく、「より情報豊富な将来の判断を保留している」のである。
この延期戦略は、市場にとっては不満足かもしれない。株価は不安定に、為替も揺らぎ、変動金利の住宅ローンを持つ家計の心理も落ち着かない。だが経済の規模で見れば、停戦失効というローカルなイベントが、日本の金融政策にここまで影響を与えている現実は、世界経済の相互依存が想像以上に深いことを示唆している。
4月下旬、ホルムズ海峡で何が起きるか。それが、日本の金融政策の道筋を決める。私たちが観察すべきなのは、植田総裁の最終判断ではなく、その判断を促す外部環境の変化である。判断を保留することは、環境の変化に対する感度を高めることと表裏一体だからだ。
21日から28日へ。1週間という短い期間に、中東の地政学と日本の金融政策がぶつかる。その衝突がもたらすのは、利上げという単純な答えではなく、より深い問い。「日本の経済政策は、今この瞬間、何を最優先すべきなのか」という問いのはずだ。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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