「勝ち目がない」——その言葉を発したのが、ホンダの現職社長だった。2026年2月末、三部敏宏CEOは上海郊外のEVサプライヤーの工場を視察し、帰路でそう口にしたと日経アジアが報じた。バッテリーの素材加工から、セル製造、パック組み立て、車両アセンブリまでを垂直統合したその施設は、日本の自動車工場の感覚でいえばあり得ないほどの速度と規模で動いていた。中国のメーカーは新型モデルを2年以内に市場投入できる。ホンダをはじめ既存の大手には4年かかる。三部社長がその場で感じたことを「勝ち目がない」と表現したとき、それは敗北宣言ではなく、現実を正面から見た診断だったのだと私は思う。感情に流れず、数字と構造で考える経営者の言葉として、この一文はかえって重みがある。
その視察から2週間後の3月12日、ホンダは一連の意思決定を発表した。北米向けに計画していたEV3モデル——ホンダ0 SUV、ホンダ0 サルーン、アキュラRSX——の開発中止。2040年までに全世界販売をEVと燃料電池車に切り替えるという目標の事実上の撤回。そして、2026年3月期の純損失が6900億円に達するという業績見通しの修正。ホンダの公式発表によれば、EV戦略の抜本的見直しに伴う損失総額は最大2.5兆円に上る見込みだ。上場以来初の純損失。その数字は、EVシフトへの投資額がいかに大きく、そしていかに急速に方向転換を迫られたかを示している。三部社長の言葉とこの数字を重ねると、2月末の上海での視察が単なる競合調査ではなく、すでに決まりつつあった方向転換の最後の確認作業だったのかもしれない、と思えてくる。
3月25日には、もう一つの解消が発表された。ソニーとホンダが2022年に設立した合弁会社「ソニー・ホンダモビリティ」のEV開発計画が、正式に白紙に戻された。二社が共同開発していた「Afeela 1」は、約9万ドルという価格設定で2026年中の発売を予定しており、米国ではすでに事前注文を受け付けていた。しかしホンダのEV戦略の抜本転換により、約束していた技術・資源の提供が不可能になったとして、ソニーとの合弁も解消の方向で再検討されることになった。Afeela 1の事前注文者には全額返金が行われる。ソフトウェア定義型自動車(SDV)という概念を、日本のメーカーが世界で最初に実現するかもしれないという期待感が、わずか4年で霧散した。技術的な完成度とは別の次元で、ホンダが出口を選んだ。その事実が示しているのは、三部社長の「勝ち目がない」という診断が、EVの技術競争に限らず、新しい車のあり方そのものへの挑戦においても、同じ圧力として働いていたということだ。
中国のEV産業が、なぜここまで速く強くなったかを理解するには、産業構造の話をしないといけない。BYD・NIO・Xiaomiといった中国メーカーの強みは、単純な価格の安さだけではない。バッテリーセルから車両の電子制御ユニット、車載OSまでを一社または密接なグループ内で完結させる垂直統合モデルが、コスト低減とスピードを同時に実現している。部品調達・設計変更・量産立ち上げのすべてが同一グループ内で完結するため、意思決定のサイクルが劇的に短い。さらに国内市場という実証フィールドがある。中国では年間1000万台規模のEV販売が行われており、その膨大な走行データが次世代モデルの開発にフィードバックされる。これは資本力や技術力の問題ではなく、システムの問題だ。部品調達から顧客接点まで異なる企業が担う従来型の自動車産業構造では、そもそも競争のルールが違うフィールドに立たされているようなものだ。三部社長が感じた「勝ち目がない」という感覚は、個別の技術比較の結果ではなく、この構造の違いを実感として受け取ったものだったのではないかと私は解釈している。
ホンダという会社の歴史を少し振り返っておきたい。1972年、ホンダはCVCC(複合渦流調速燃焼)エンジンを搭載したシビックで、当時世界で最も厳しいとされた米国の排ガス規制(マスキー法)を、GMやフォードより先にクリアした。既存のやり方では無理と言われた壁を、まったく別のアプローチで突破した。二輪車メーカーから出発し、四輪に参入し、レースで勝ち、世界市場を開拓した。「不可能を可能にする」という姿勢がホンダの文化的DNAにある、と多くの人が信じてきた。だから三部社長の「勝ち目がない」という言葉は、単なる経営判断の表明を超えた何かを持っている。あのホンダが、勝てないと言った。その事実の重さを、日本の製造業関係者は黙って受け止めているはずだ。CVCC開発の時代と今の違いは、競争の舞台が個別の技術革新から産業システムの構造比較に移ったことだ。一人の天才エンジニアや一つの設計突破では追いつけない差が、中国のEV産業との間に生まれている。
これはホンダ一社の問題ではなく、日本の自動車産業全体に突き刺さっている問いだ。トヨタはハイブリッドの優位性を武器に踏みとどまっているが、中国市場でのシェアは急落しており、2025年の中国販売台数は2020年比で30%以上減少した。日産は経営難と提携先再編の渦中にあり、ホンダとの統合交渉も長期化している。三菱・マツダ・スバルはニッチ戦略でいまのところ息継ぎを続けているが、電動化投資の負担は重い。自動車産業は日本の製造業輸出の約20%を占め、関連産業を含めると雇用者数は550万人規模とされる。この産業の構造転換が急速に進むとき、その衝撃は価格表や株価に現れる以前に、地方の工場町の雇用と生活に静かに届く。愛知・三重・静岡の製造業集積地と、そこに部品を供給する中小企業のサプライチェーンが、このニュースを読んでどう感じているかを想像する。数字は大きいが、本当の重さは数字の外にある。
外務省の海外安全情報によると、中国本土の大部分はレベル1(十分注意)に分類されている。日系自動車メーカーの幹部や技術者が頻繁に往来するビジネス渡航先としては、おおむね問題のない安全水準だ。しかしビジネス環境という意味では、日本政府・業界団体を通じたリスク管理が必要な局面が増えている。中国政府が自国EV産業を強力に支援する産業政策をとる中で、日系メーカーは補助金・規制・データ共有義務といった非価格競争要因にも対応を迫られている。これは個別企業の意思決定だけで解決できる問題ではなく、政府間の経済交渉と産業政策の整合が問われる領域だ。三部社長が「勝ち目がない」と言った工場は、単に民間企業の努力が積み上がった施設ではなく、国家的な産業支援の結果でもある。その文脈を無視して純粋な技術競争として語ると、対策の出発点が間違える。
ホンダがEV目標を撤回してハイブリッドに軸足を戻したことを、単純な敗北と見るべきかどうかは、少し考える必要がある。世界のEV需要は当初の楽観的な予測より明らかに緩やかに拡大しており、欧州でもEV販売台数の伸びが鈍化し、一部の国では補助金削減後に前年割れを記録した。ハイブリッドは依然として、電力インフラが整備されていない地域や航続距離を重視する消費者層に対して、有効な選択肢であり続けている。ホンダのハイブリッドシステム「i-MMD」の技術蓄積は本物であり、この分野での競争力は今も高い。現実の需要に合わせて戦略を修正することは、それ自体は合理的な経営判断だ。しかし問題は、修正のコストが2.5兆円という規模になったことと、その間に失った開発期間と人材の熱量が戻らないことだ。戦略転換は正しいかもしれないが、その転換を2.5兆円かけて発見しなければならなかった意思決定プロセスに、問題の根があると私は思う。
二つのシナリオを並べてみる。楽観的シナリオでは、EVへの過剰投資から引き戻し、強みのあるハイブリッドと次世代パワートレインに資源を集中することで、ホンダは中期的な収益性を回復する。同時に中国でのEV敗戦を教訓に、インドや東南アジアといった次の成長市場で独自の電動化戦略を構築できれば、日本の自動車産業の構造転換に向けた現実的な道が開ける。三部社長が発表した独立した研究開発部門の復活とエンジニアの再配置が、本当の意味でのスピード文化の変革につながれば、4年を2年に近づけることも不可能ではない。悲観的シナリオでは、ハイブリッドへの回帰は時代の方向と逆行した延命策に過ぎず、中国のEVメーカーがアジア・アフリカ・中南米市場を席巻する中で、日系メーカーは「安くも先進的でもない」ポジションに追い込まれる。2.5兆円の損失で財務体力を削がれたホンダは、次の大きな技術投資の局面で資金の余裕を失っているかもしれない。どちらに向かうかは、2027〜2028年のホンダの製品ラインアップが答えを出す。
ホンダの販売データが、この数年で中国市場においていかに急速に変化したかを数字で見ると、言葉よりも先に現実が迫ってくる。2020年、ホンダの中国販売台数は162万台を超えていた。世界全体の販売の20%近くを中国が占め、中国はホンダにとって最大市場のひとつだった。それが2025年には64万台まで落ち込み、2026年末には60万台を割り込む可能性があるという。5年間で販売台数が6割減少するというのは、ブランドが地域市場から事実上退場しつつある速度だ。この数字の変化の中に、中国の消費者が何を選んだかが映し出されている。かつてはホンダのエンジン技術と品質が「中産階級が最初に買う外資系ブランド」として選ばれた。今は価格帯と機能の組み合わせで、中国のEVブランドが同じ地位を占めている。ブランドの置き換えが、消費者の心の中で静かに、しかし確実に起きている。
ホンダがハイブリッドに回帰する判断と並行して、もう一つの戦略的な方向性として注目されているのがインドだ。インドはすでにホンダの重要な二輪車市場であり、四輪の成長市場としても潜在性が高い。電力インフラの整備が中国やヨーロッパほど進んでいないため、純粋なEVよりもハイブリッドや高効率ガソリン車が現実的な選択肢として受け入れられやすい環境がある。ホンダのi-MMDハイブリッドシステムはこの市場に適合する。同時にインドのサプライチェーンを活用した電動化ステップアップの可能性も模索されている。中国での敗退を補う成長市場として、インドと東南アジアがホンダの次の優先地域になるとすれば、そこでの成否が2030年代初頭の同社の姿を決定する。失った市場を別の成長市場で代替できるかどうか——この問いへの答えが、今後3年以内に形になり始めるはずだ。
ホンダと日産の統合交渉の経緯についても触れておく必要がある。2024年から続く両社の提携・統合協議は、2026年に入っても決着を見ていない。統合によって規模の経済を確保し、EV開発や車載ソフトウェアへの投資を分担するという構想は、外からは合理的に見える。しかしホンダの文化と日産の文化は異質であり、過去のルノーとの提携が生み出したガバナンスの複雑さが日産に残っている。2.5兆円の損失を抱えたホンダが、経営再建中の日産とどのような条件で統合の枠組みを作れるかは、財務的にも組織的にも単純ではない。統合が成立したとしても、それが実質的な競争力の向上につながるかどうかは、スケールの大きさよりも両社が何を共有して何を独立させるかという設計の問題だ。規模を持つことと、速く動けることは、必ずしも同じことではない。
日本政府のGX(グリーントランスフォーメーション)政策と、自動車産業の現実の間にある距離についても考えておきたい。政府は2035年に乗用車の新車販売を電動車(EV・ハイブリッド・燃料電池車を含む)100%にする目標を掲げている。この目標はハイブリッドを「電動車」として認めているため、ホンダの戦略転換はそれ自体として政府目標との整合性を保っている。しかし世界の主要市場——特にEUと米国が段階的な内燃機関規制を進める文脈の中で——日本のメーカーがハイブリッドで持続的な競争優位を保てる期間がどれくらいあるかは不明確だ。EUは2035年以降の新型内燃機関車の販売禁止方針を一部緩和したが、方向性は変わっていない。米国の政策は政権によって揺れているが、長期的なトレンドは電動化に向いている。ハイブリッドへの回帰は5〜10年の猶予期間を買う判断かもしれないが、その猶予期間に何を築くかが勝負になる。
「勝ち目がない」と言えた三部社長を、私はある意味では評価したい。日本の大企業の経営者が、外でこれほど率直に競合の優位性を認めることは珍しい。楽観的な目標を掲げ続けることが「強さの証明」とされてきた文化の中で、現実を直視して口にすることは、組織を動かすための第一歩でもある。問題は言葉の後に何が来るかだ。工場見学でショックを受けた経営者が、帰国後に何年かかけて組織を変えた事例もあれば、危機感を共有できないまま変革が遅れた事例もある。ホンダが独立した研究開発部門を復活させ、数千人のエンジニアをより自律性の高い施設に移す計画を発表したことは、組織の硬直性への自己診断として意味がある。ただしそれが本当に機能するかどうかは、数年後の製品と数字が判断することになる。私が今注視しているのは、損失の額よりも、「勝ち目がない」という診断から何を再構築するかという問いに対して、ホンダが出す答えだ。その答えは、日本の製造業が次の20年に何者であり続けるかという、より大きな問いと地続きにある。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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