世界の自動車業界が北京に集まった四月、BYDは静かに宣戦布告した。北京モーターショーの会場で、BYDの幹部ステラ・リーは「われわれはすでにグローバルカンパニーだ」と語った。誇張でも自己鼓舞でもなく、数字がそれを証明している。2025年のBYDの販売台数はテスラを上回り、純粋な電気自動車の出荷台数においても世界トップの座に立った。ブルームバーグの報道によれば、BYDは2026年に向けて欧州・東南アジア・中南米での本格展開を加速させるという。テスラを追い越したことよりも、その後に何をしようとしているのかの方が、私には気になる。
EUが課した38.1%の高関税を、BYDはものともしていない。2025年の欧州市場におけるBYD車の販売台数は前年比3倍に増加した。これだけの関税壁があってもなお競争力を維持できる理由は、バッテリーからソフトウェアまで一貫して自社で製造する垂直統合体制にある。他の自動車メーカーがパナソニックやサムスンSDI、LGエネルギーソリューションといった外部サプライヤーからバッテリーを調達するのに対し、BYDは自社の「BYDダイナミクス」で製造したセルを、独自のブレードバッテリー技術でパックに仕上げる。バッテリーはEVの製造コストの最大40%を占めるとも言われる。そのコストを内部化することで、外から見ると説明のつかないような価格設定が可能になっている。
イランと欧米の緊張が、BYDの追い風になるという逆説が生まれている。ホルムズ海峡を巡る軍事的な緊張がエネルギー市場を揺さぶるたびに、欧州各国政府は化石燃料依存からの脱却を一段と急ぐ。そのたびにEV普及を後押しする補助金や税制優遇が維持・強化され、BYDはその恩恵をまともに受ける。石油供給リスクが高まれば高まるほど、電動化シフトの必要性が強調され、最もコスト競争力のあるEVメーカーが受け取るボーナスが大きくなる。地政学的不安定が特定の産業を育てるという構図は、歴史上繰り返されてきたことだが、今回のEV産業における受益者がBYDだというのは、日本から見ると複雑な気分だ。
BYDはいまや、自動車会社という枠組みでは語れなくなっている。家庭用蓄電池「BYDバッテリーボックス」は、ドイツで太陽光発電システムとセットで売れ筋になっている。都市交通向けのバスやトラックを提供し、充電インフラを整備・運営し、さらにはスマートフォンのディスプレイパネルの製造まで手がける多角的な企業体だ。「BYDの車を買う」という行為は、単に移動手段を一台購入する話ではなく、ひとつのエネルギー管理エコシステムに加入するような選択になりつつある。EVはそのエコシステムの入口に過ぎない。出口で待っているのは、家庭のエネルギー管理から充電課金システムまで含んだ包括的なプラットフォームビジネスだ。
トランプ政権の関税政策は、意図せずBYDを助ける側面があった。テスラはアメリカ市場での価格と収益性を守ることに経営資源を集中せざるを得なくなり、海外展開への投資余力が削がれた。同時に、米国内でEV部品への関税が引き上げられたことで、アメリカの自動車メーカーがEVへの転換を急ぐインセンティブが下がった。国内産業を守るための政策が、守ろうとした対象の競争力をかえって鈍らせるという逆説は、貿易政策に繰り返し現れるパターンだ。BYDはその皮肉な構図の受益者として、欧州と東南アジアでの浸透を静かに進めている。
フォードのCEOジム・ファーリーが「本当の競合はBYDだ」と公言した重みを、私は真剣に受け止めている。フォードはゼネラルモーターズやトヨタ、フォルクスワーゲンとの競争を100年以上かけて戦ってきた。そのリストの筆頭に、突然、中国企業の名前が入った。ファーリーの発言は、危機感の表明であると同時に、業界全体への明確な警告だ。自動車産業に長くいる人間ほど、あの言葉の意味が深く刺さったはずだ。競合を正しく認識することと、それにどう対応するかは別の問題だが、少なくともフォードは目を開けている。
日本の自動車産業がどこに立っているかを、私は冷静に見ようとしている。トヨタはプラグインハイブリッド技術で一定の市場を維持しており、完全にEVの波に乗り遅れたわけではない。ホンダと日産のEV協業も動き始めた。しかし純粋なBEV(バッテリー電気自動車)の販売比率を見ると、競合他社と比べて依然として低い数字が並ぶ。ハイブリッドで収益を稼ぎながらBEVへの移行を進めるという戦略は論理的には理解できる。問題は、その移行を完了するまでの「猶予期間」が、市場の実際の動きと一致しているかどうかだ。市場が移行期間を待たずにBEVへと踏み切るスピードになった場合、計算が崩れる。
東南アジア市場でいま起きていることが、日本にとってのシグナルだと私は思う。タイでは2024年、BYDが最も売れた外国車ブランドになった。インドネシアではBYDの工場が稼働を始め、マレーシア、フィリピン、ベトナムでも存在感を急速に高めている。これらの国々は長年、日本車の牙城だった。現地のディーラー網、サービス体制、部品サプライチェーンは日本車を中心に構築されてきた。「タイは日本の自動車の国」という常識が、わずか数年でゆらいでいる。シェアを失うことは海外の話では終わらない。現地サプライヤーや日系部品メーカーの収益、さらには国内の雇用にまで連鎖する問題だ。
バッテリー技術の差は、楽観的に見ても数年では埋まらない。BYDのブレードバッテリーが量産体制に入ったのは2020年だ。6年間の量産実績、コスト削減の蓄積、歩留まり改善のノウハウは、後発が資本を投じれば追いつけるようなものではない。全固体電池への移行が語られるたびに「日本が巻き返す」という期待が生まれるが、全固体電池が量産レベルで市場に出るまでのタイムラインについては、各社ともに慎重な発言を繰り返している。その「まだ先の技術」に賭けている間にも、現行のリチウムイオン技術でBYDが市場を広げ続けるという現実は動かない。未来の技術への期待と現在の市場喪失リスクを、どう天秤にかけるかの問いは残る。
日本はかつて、まったく同じことをやっていた。1970年代から80年代にかけて、日本の自動車メーカーはアメリカ市場に安価で信頼性の高い車を投入し、GMやフォードが支配していた市場を少しずつ切り崩した。「安い日本車」という見方から始まり、「品質で世界ナンバーワン」と言われるまでに至った道程は、カイゼン・リーン生産・品質管理の地道な積み重ねだった。BYDが今やっていることは、その時代の日本がやっていたことと構造的に非常に近い。違うのは、EVという新しいパラダイムのもとで、国家補助金・データ・規模という強力な要素がそこに加わっている点だ。かつて日本が得意とした「地道な積み重ね」を、BYDは国家戦略の規模で実行している。
中国政府がEV産業に過去10年間で投じた補助金は、推計3000億ドルを超える。これは単なる産業育成ではなく、エネルギー安全保障という国家戦略の一環だ。石油輸入への依存を減らすために電動化を進め、その過程で世界市場での技術的・産業的な主導権を獲得する——この二重の目的が一つの投資で達成されている。国家の意志と産業の競争力が同じ方向に向いた時、その勢いは民間企業の市場競争とは異なる次元を持つ。BYDの躍進を「中国企業の成功」として分析するだけでは不十分だ。「中国国家戦略の出力」として読む視点なしに、対抗策を考えることはできない。
私が問いたいのは、日本はどこで戦うのかということだ。すべての市場でBYDと真正面から戦う必要はないかもしれない。高付加価値セグメント、特定の技術領域、あるいは地域ごとの差別化という選択肢もある。しかし、どこで戦い、どこを手放すのかという判断は、誰かが明示的に下さなければならない。それは個々の企業が市場で判断することでもあるが、日本の産業政策として国全体で議論されるべきことでもある。世界が動いているのに、判断を先送りしたまま気づいたら立場が変わっていた——そういう話を、私たちはすでに何度か見てきた。次にそれを繰り返すかどうかは、今の選択にかかっている。
欧州市場でBYDが使った戦略は、価格だけではなかった。ノルウェーやオランダなど、EV普及率の高い市場から始め、実績と口コミを積み上げる戦略を取った。2023年には欧州の消費者向けに「アット(Atto)3」「シール」「돌핀(ドルフィン)」といったモデルを展開し、充電インフラのパートナー企業との連携、現地ディーラー網の整備と並行して進めた。高い保証内容と、ディーラーでの日本車に近いサービス品質を意識した展開は、「中国車は安かろう悪かろう」というイメージを意図的に払拭しようとするものだった。そしてそれは、相当程度に成功している。
電池のリサイクルと資源循環の問題は、EVシフトが本格化するほど重要になる。BYDはリン酸鉄リチウム(LFP)電池を主力としており、コバルトやニッケルへの依存が少ない。資源調達リスクという点では、ニッケル系電池を使う他社より有利な構造だ。加えて、使用済み電池を定置型蓄電システムに転用する「セカンドライフ」プログラムも展開し、電池のライフサイクル全体をビジネスの中に取り込もうとしている。EVが普及すればするほど、バッテリーの廃棄・再利用問題が社会的な課題として浮上してくる。その課題の解決策もすでに自社で持とうとしている点で、BYDは先を読んでいる。
中国国内市場の競争が、BYDの海外展開力を支えている。中国のEV市場は世界最大であり、同時に最も熾烈な競争環境でもある。NIOやシャオーミー(小米)、リーオート(理想汽車)、ファーウェイ連携EVなど、技術的に洗練された競合が次々と登場し、低価格から高級車まで全セグメントで激戦が続いている。この国内競争を生き延びたメーカーだけが海外市場に出ていく。中国市場での競争は、世界進出のための「予選」のようなものだ。BYDが世界で戦えているのは、その最も厳しい予選を勝ち上がってきたからでもある。
自動車の電動化は、エネルギー産業の版図を塗り替えつつある。石油会社は長期的な需要減少を見越して事業転換を模索しており、産油国のいくつかは経済多角化戦略を急いでいる。一方で、電力インフラへの需要は急増し、電力会社や送電網の整備事業者には大きな商機が生まれている。EVが普及すればするほど、充電電力の供給をめぐる新しい利権構造が生まれる。その利権をどこが握るかという問いは、今後10年間の産業地図の形成に直結する。BYDが充電インフラ事業に積極的に参入しているのは、この構図を理解した上での動きだろう。
日本の部品メーカーへの影響は、完成車以上に深刻かもしれない。日本の自動車産業の強みは完成車だけでなく、エンジン・トランスミッション・精密部品を供給する中小・中堅メーカーの厚い層にある。電動化が進むと、エンジン系部品の需要は縮小する。これは完成車メーカーよりも部品メーカーへの打撃が先に来ることを意味する。経産省や自動車業界団体が電動化への「移行期の雇用・産業支援策」を検討しているのはそのためだが、「移行期」がどれだけ続くのかの見通しが立たないと、支援の設計も難しい。BYDの加速は、その「移行期」の終わりを前倒しにするリスクを持っている。
日本の消費者がEVを選ばない理由も、冷静に見ておく必要がある。充電インフラの整備状況、マンション居住者への充電設備設置の難しさ、航続距離への不安、そして車両価格の高さ——これらの要因が組み合わさって、日本国内でのEV普及率は他の先進国と比べて低い水準にとどまっている。消費者が選ばないことには、それなりの合理的な理由がある。しかし同時に、普及率が低いままであれば技術的な学習曲線の恩恵が日本市場に届くのが遅れ、結果としてEV関連のサービス産業やソフトウェア開発の集積が生まれにくい悪循環になる可能性もある。インフラと需要はどちらが先かというニワトリと卵の問題でもある。
BYDの動向を見ながら、私は日本が何をすべきかよりも、何を理解しているかを問いたい。正確な現状認識なしに、正しい戦略は立てられない。BYDが単なる廉価EVメーカーだという認識はすでに古い。エコシステムを持ち、国家戦略を背負い、最も過酷な競争環境で鍛えられた企業が、いま日本の自動車産業が長年守ってきた市場に入ってきている。その事実を直視した上で、次の10年の絵を描くことが求められている。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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