ドーハの市場に人が戻ってきた。「これが新しい日常」と言われると複雑な気持ちになる

ドーハの市場に人が戻ってきた。「これが新しい日常」と言われると複雑な気持ちになる 世界情勢

中東の戦火の中、日常が続いている。先日、BBCがカタール・ドーハのスーク・ワキーフ市場を取材したレポートを見て、少し考え込んでしまった。イランへの攻撃が始まってから約2週間。中東地域では緊張が続いているにもかかわらず、ドーハの伝統市場には再び人が戻り始めているという内容だ。BBCの特派員バーバラ・プレット・ウシャーが現地を歩きながら伝えていたのは、「これが新しい日常(a new norm)になってきた」という現地の空気感だった。

戦争を横目に、市場に活気が戻る。正直に言うと、このニュースを見たとき最初に感じたのは違和感だった。戦争が起きている地域のすぐそばで、人々が買い物をして、カフェでお茶を飲んでいる。でも少し立ち止まって考えると、これは人間の本質的な強さでもある。中東の人々は長年にわたって不安定な地政学的環境の中で生きてきた。1990年の湾岸危機、2003年のイラク戦争、そして幾度もの地域紛争。そのたびに生活は揺さぶられながらも、人々は日常を取り戻してきた。カタールという国自体、周辺国との関係が冷え込んだ2017年の断交危機を経験しながらも、外交と経済力で乗り越えてきた底力がある。スーク・ワキーフはそもそも何百年もの歴史を持つ市場で、あの場所で商売を続けてきた人々の記憶の厚みは、一朝一夕には揺らがないのだろう。

「慣れ」が平和への感覚を鈍らせる怖さ。ただ、「new norm」という言葉は引っかかる。戦争が「新しい日常」として受け入れられていくプロセスは、一方でその状況への抵抗感を薄めていく危険性もある。歴史を振り返ると、長期化する紛争の多くは、こうした「慣れ」の蓄積の上に成立してきた。現地の人々が逞しく生きていることは間違いないし、それを責めることはできない。でも国際社会がそれを見て「現地は落ち着いている」と安易に読み解くとすれば、それは少し違う気がする。

SNSでも波紋を呼んでいる報道。X(旧ツイッター)で「new norm BBC」と検索すると、この報道に対するさまざまな声が見えてくる。「市場が賑わっているからといって問題が解決したわけではない」という冷静な指摘もあれば、「BBCはこうやって中東の緊張を正常化しようとしている」という批判的な見方もある。一方で「戦火の中でも生き続ける人々の姿をきちんと伝えることが報道の役割だ」という擁護論もある。報道が何を「普通」として描くかは、世界の認識を形成していくうえでかなり大きな影響を持つ。この点はメディアリテラシーとして意識しておく価値がある。

中東の緊張は日本の生活コストに直結する。ではこれが日本にどう関係するかというと、かなり直接的に影響してくる話だ。日本はエネルギーの大半を中東に依存しており、ホルムズ海峡周辺の情勢が不安定になれば原油・液化天然ガスの調達コストが上がる。それはガソリン代、電気代、そして食料品の輸送コストにまで波及する。2022年のロシアによるウクライナ侵攻のときも、エネルギー価格の高騰が日本の物価を直撃したのは記憶に新しい。今の日本はあの時より円安が進んでいる分、輸入コスト上昇のダメージが出やすい構造になっている。これは正直きつい局面だ。

ポジティブとネガティブ、両方のシナリオを考えておく。ポジティブなシナリオとしては、カタールをはじめとする湾岸諸国が外交的仲介に動き、早期の停戦や緊張緩和が実現するケースだ。カタールはこれまでもハマスとイスラエルの交渉仲介を担ってきた実績があり、外交チャンネルは今も生きている。エネルギー価格が落ち着けば、日本の消費者物価への影響も限定的で収まる可能性がある。一方でネガティブなシナリオは、衝突がイラン本土への本格的な打撃に発展し、ホルムズ海峡の通行に支障が生じるケースだ。日本のエネルギー輸入の8割以上がこの海峡を通っており、もし輸送ルートが不安定化すれば、エネルギー価格の急騰と円安の掛け算で家計へのダメージは相当なものになるだろう。

カギは「慣れ」の先にある外交の動き。今後の展望として注目すべきは、湾岸諸国の外交行動と、国際社会がこの状況を「新しい日常」として飲み込んでいくのかどうかという点だ。市場に人が戻ってくることは人々の逞しさの証だが、それが国際社会の問題意識を鈍らせる方向に機能するとすれば、停戦交渉へのモメンタムが失われていく。日本としても、エネルギー安全保障の観点から中東情勢を他人事にせず、外交的プレゼンスを高めていくことが現実的な対応になるだろう。市場に活気が戻ることと、紛争が解決することは別の話だ。その区別を忘れずに、この状況を見続けることが重要だと思う。

出典:BBC World

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