2026年4月27〜28日、日本銀行の金融政策決定会合が開かれる。焦点は政策金利を0.75%からさらに引き上げるのか、それとも一度立ち止まるのかという一点に絞られつつある。2024年3月にマイナス金利が解除されてから13ヶ月、日銀は段階的に利上げを進めてきた。その次の一歩が、2026年2月に出た実質賃金プラス1.9%という一つの数字と正面から向き合わされている。
マイナス金利解除からここまで政策金利は2024年3月に0%へと切り上げられ、同年12月に0.5%、2026年3月会合で0.75%まで段階的に引き上げられた。背景にあるのは、消費者物価指数が44ヶ月連続で日銀の目標である2%を上回り続けてきたことだ。2025年11月のCPIは2.9%を記録している。植田和男総裁のもとでの利上げは、黒田時代の超緩和からの離陸として見れば速いが、欧米の利上げ幅と比べればなお慎重な刻み方である。日本銀行の金融政策決定会合のスケジュールは公式サイトで公開されている。
実質賃金は34年ぶりの数字を記録した2026年2月の毎月勤労統計で、実質賃金は前年同月比プラス1.9%となった。2021年以来の水準である。基本給の上昇率は3.3%で、こちらは34年ぶりの伸びだという。春闘では電機連合や自動車総連が5%前後、一部大手では6%を超える回答も出ている。数字の上では、長く続いた賃金デフレからの脱却が視界に入ったように見える。
この改善は何に支えられているか実質賃金がプラスに転じた主な要因は、名目賃金の力強さというより、物価上昇率の鈍化にある。コアCPIは2026年1月から3月にかけて1.8〜2.1%の範囲で推移し、前年までの3%台から明らかに減速した。政府はエネルギー補助金と米価の低下によって、2026年度前半に物価上昇率が2%を割る可能性を指摘している。つまり1.9%の実質プラスは、原油が60ドル近辺に落ち着き、補助金が継続している間の数字でもある。中東情勢が再び緊張するか補助金が外れれば、実質賃金は比較的短期間で元の領域に戻りうる。
10年国債利回りが政策金利に先行している長期金利はすでに動いている。10年国債の利回りは2%を超え、過去30年で最も高い水準にある。政府債務残高はGDP比264%。2024年度の国債利払い費は約12兆円、2025年度見込みは約12.5兆円だった。仮に政策金利が1%を超え、10年国債の利回りが2.5%で定着した場合、2027年度の利払い費は15兆円を超える計算になる。社会保障費37兆円に次ぐ第二の歳出項目が、教育でも研究開発でもインフラでもなく過去の借金の利息であるという構図が、数字の上では輪郭を強めつつある。
変動金利の住宅ローンを抱える世帯で、数字は先に届く政策金利の引き上げは、庶民の生活にはまず住宅ローンの形で届く。変動金利型の新規借り入れ水準は1.5〜2%まで上昇し、既存の変動金利ローンも5年ごとの見直しで月々の返済額が1割以上増えるケースが出始めている。2020年から2023年、低金利のうちに目一杯の借り入れで郊外に家を持った共働き世帯がある。教育費の本格的な増加期と返済額の引き上げが、同じ年にやってくる構図だ。統計の1.9%という改善の数字がその食卓にどんな顔をして届くのかを想像すると、筆者はこの段だけ手を止める。
中小企業の価格転嫁は約35%でとまっている帝国データバンクの調査では、2026年1〜3月期における中小企業の価格転嫁率は約35%にとどまる。残り65%分の原材料・エネルギーコストは企業内部で吸収している計算だ。販売先の大企業からの値下げ圧力は依然として強く、大企業が春闘で5%の賃上げを決める一方で、中小企業の賃上げ原資は明らかに不足している。非正規雇用の賃金上昇率も正社員に比べて低く、平均値の1.9%は、こうしたばらつきを内側にしまい込んだ数字でもある。
為替が政策の有効性を二重に縛るドル円相場は150〜155円のレンジで推移している。日銀が利上げを進めれば円買い圧力は働くはずだが、米国のインフレ粘着性が強くFRBの利下げが遅れるシナリオでは、日米金利差はなお広く、150円台の防衛は容易ではない。円安が進めば輸入物価を通じて国内インフレが再燃し、円高に振れれば輸出企業の採算が悪化して賃金抑制圧力が生じる。金融政策の選択肢は、為替という外部変数に常に二重に縛られている。
シナリオA:利上げ継続4月会合で日銀が0.75%から1.0%へ踏み込んだ場合、金融環境の引き締めはさらに強まり、中小企業の借り入れコストは上昇する。設備投資と雇用の伸びは鈍化しやすく、企業は翌年度の賃上げ計画を慎重に見直す可能性が高い。長期金利はさらに押し上げられ、国債利払い費の膨張が財政の余地を狭める。物価と金融条件の正常化という名目上の成果の裏で、成長率と実質賃金が同時に鈍るリスクが付きまとうシナリオだ。
シナリオB:据え置き0.75%のまま据え置く場合、企業投資と雇用は当面守られやすい。賃上げの勢いを壊さずに次の春闘につなげられれば、物価と賃金のバランスは徐々に前進する余地が残る。ただし据え置きは据え置きなりの代償を伴う。長期金利が市場の思惑で上昇を続ければ、金融機関の国債含み損は拡大する。補助金終了や原油上昇で物価が再加速した場合、日銀は結局より急な利上げを強いられ、その時点の衝撃は今回の一段分より大きくなりうる。据え置きはリスクの先送りでもある。
庶民の数字はゆっくり動く預金金利は、普通預金で0.01%から0.1%、定期預金で0.5〜1.0%の水準まで上昇した。上昇自体は始まっているが、インフレ率2%台のもとで実質金利はなおマイナスであり、貯蓄で資産を増やす余地は小さい。家計消費は2026年1〜3月で前年同期比プラス0.8%と弱く、内訳を見ると生活必需品の単価上昇が押し上げている面が強い。実質賃金の改善が可処分所得の余裕として家計に認識されるまでには、まだいくつかの中継点が残っている。
問われているのは利上げ幅ではなく時間軸だ4月会合の決定そのものが日本経済の進路を決めるわけではない。決めるのは、その後数ヶ月にわたる実質賃金の推移、春闘後の中小企業への波及、国債利払い費と歳出配分の議論、そして為替と原油である。もし実質賃金のプラスが今夏まで維持され、中小の価格転嫁率が40%台に入り、長期金利が2%台前半で落ち着くなら、追加利上げの選択肢は正当化されやすくなる。逆に、コアCPIが2%を割り、春闘効果が中小に届かず、為替が155円を超えるようなら、据え置きが現実的な解になる。日銀の政策委員会は数字を見ているが、その数字の向こう側にいる世帯の家計簿もまた、会合の結果を待たずにもう動き始めている。
だとすれば、私たちが次に見つめるべきなのは、4月28日の声明文そのものよりも、5月と6月に出る毎月勤労統計の続き、夏以降の中小企業価格転嫁率の更新、そして10年国債の利回りが2%台のどこで安定するか、だろう。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


コメント