また海賊が出た、という見出しを読んで、私は少し立ち止まった。ソマリア沖のアデン湾付近で、コンテナ船が武装集団に制圧され、乗組員17人が人質に取られた。BBCの報道によれば、被害を受けたのはパナマ船籍の貨物船で、パキスタン人やインドネシア人の乗組員が多く含まれているという。「乗組員17人」という数字の後ろに、それぞれ家族がいる。名前も、顔も、私には分からない。でも、どこかの港町で誰かが帰りを待っていると思うと、このニュースは単なる安全保障の問題ではなくなる。遠い海で起きていることが、突然、個人の話になる。
ソマリア沖の海賊問題は、2010年代に一度は収束しかけていた。2011年から2012年が海賊行為のピークで、年間400件を超える攻撃事案が記録されていた。その後、NATO・EU・米国・中国・日本を含む多国籍海軍による連合哨戒活動の強化、船員へのセキュリティ教育の普及、そして「最良管理慣行(BMP)」と呼ばれる自衛手順の徹底が、海賊件数の劇的な減少をもたらした。2016年前後には「ソマリア沖の問題は管理できるようになった」という楽観的なトーンが国際的な安全保障の議論に広がっていた。今振り返ると、あの楽観はやや表層的だったかもしれない。問題が解決したのではなく、抑圧されていただけだったという側面がある。
フーシ派の台頭が、紅海全体の安全保障地図を塗り替えた。2023年末からイエメンのフーシ派がイスラエルへの連帯を名目に、紅海を通過する商船への攻撃を本格化させた。この動きに連動するように、ソマリア沖でも武装集団の活動が活発化しているという報告が、海事安全保障の専門機関から相次いで出されている。紅海・アデン湾・ソマリア沖という三つの海域は、インド洋の入口として互いに連動している。一方が不安定になれば、残りも引きずられる。現実に、紅海を避けた海運各社がアフリカ南端の喜望峰ルートに切り替えた結果、航路は数千キロ延び、燃料費と戦争リスク保険が跳ね上がった。その余波は世界の物価に静かに届いている。
日本とこの海域の関係は、多くの日本人が意識している以上に深い。日本が輸入する原油の約9割は中東産であり、そのほぼすべてがホルムズ海峡を通り、アデン湾を経て日本に届く。鉄鉱石、石炭、LNG(液化天然ガス)も同じルートだ。ソマリア沖の不安定化は、日本のエネルギー安全保障にとって直接の脅威となる。外務省はソマリア全土に危険レベル4(退避勧告)を維持しており、アデン湾へのレベル3(渡航中止勧告)も継続中だ。日本人が気軽に行ける場所ではない。しかし日本の生活を支えるモノ——電力、ガソリン、工場の原料——は、毎日この海域を通り抜けている。
国際社会の対応は、かつてよりも分散し、連携が弱くなっている。2009年から2010年代前半にかけて、日本の海上自衛隊もソマリア沖の国際哨戒活動に参加し、商船の護衛任務を積み重ねた。2009年に成立した「海賊対処法」はその法的根拠となり、以来17年近くにわたって自衛艦とP-3C哨戒機がアデン湾に展開している。しかし今、各国の海軍リソースはロシアのウクライナ侵攻、台湾海峡問題、中東の緊張という複数の課題に同時に引き裂かれており、ソマリア沖への専従配備に使える余力は10年前と比べて明らかに少ない。不安定さが複数の場所で同時進行する世界では、どこにも十分な目が届かない。
ソマリアの陸上の問題が解決されない限り、海賊は何度でも戻ってくる。これは2010年代の議論でも繰り返されていたことだが、15年たった今も状況は根本的に変わっていない。ソマリアは今も統一的な政府を持たず、連邦政府の実効支配は首都モガディシュとその近郊に限られる。南部のアル・シャバーブ支配地域、北部のソマリランドやプントランドの独立志向など、政治的な断片化は深刻なままだ。沿岸部の若者たちが海賊という選択肢に引き寄せられる構造的な背景——違法操業外国漁船による漁場の荒廃、経済的機会の欠如、武装勢力の資金力——は残ったままだ。海上パトロールは症状を抑えることはできても、原因を除去することはできない。
今この瞬間、船の中にいる17人のことを私は考えてしまう。金属の隔壁、揺れる船体、慣れない言語の怒鳴り声。海の上での拘束は陸上とは孤立感の種類が違う。逃げ場がなく、外の世界への窓もない。家族への連絡が途絶えているとすれば、船内の17人だけでなく、岸で待つ家族にとっても耐え難い時間だ。身代金交渉は長期化することが多く、過去の事例では解放まで1年を超えたケースもある。外交交渉と船社の判断が交差する中で、個人は待つことしかできない。そのことを忘れないでいたいと、私は思っている。
商船の保険コストは、すでに大幅に上昇している。ロイズ・オブ・ロンドンのデータによれば、紅海・アデン湾を通過する船舶への戦争リスク保険料は、2024年初頭と比べて劇的に上昇した。この保険コストは輸送費に転嫁され、最終的に消費者価格に上乗せされる。「海賊が出た」というニュースは遠い世界の出来事のように見えるかもしれないが、スーパーの棚に並ぶ商品の価格と、あるいは電気代と、間接的だが確実につながっている。サプライチェーンの中断は目に見えにくい形で生活費に響く。
フーシ派とソマリア海賊の動きは、直接の連携があるかどうかとは別に、構造的に連動している。フーシ派の攻撃が紅海の船舶を南下させ、喜望峰ルートに追いやることで、ソマリア沖を通る船の数が増える。ソマリア沖を通る船が増えれば、海賊にとってのターゲットも増える。さらに、フーシ派の攻撃が注目を集める一方で、ソマリア沖への国際的な監視の目が相対的に薄れるという問題もある。二つの不安定要因が互いを強化し合う形になっているとすれば、個別の対処では十分ではない。地域全体を一体として捉えた安全保障戦略が必要になるが、それを担う国際的な枠組みが弱体化している。
日本がこの問題にどう向き合うかは、経済的な利害と倫理的な関与の両面で問われている。海上自衛隊がジブチ拠点でアデン湾の護衛活動を続けることは、日本のエネルギー安全保障の観点から合理的だ。しかし、フーシ派とソマリア海賊の連動という新しい状況に対して、現在の任務範囲と資源配分が十分かどうかは再検討に値する。同時に、ソマリアの陸上の安定化に向けた開発支援、人道支援も中長期的な安全保障の文脈で考えるべき問題だ。海の上だけを守ることの限界は、過去15年間の経験が示している。
「またか」で片付けることへの抵抗感を、私は持っている。繰り返し起きる危機は、人をいつの間にか慣れさせる。ソマリア沖の海賊も、紅海の攻撃も、インド洋の不安定化も、「既知のリスク」として織り込まれ、問題の根は問われないまま管理されていく。しかし今もその船の中にいる17人は、「既知のリスク」の中にいるわけではなく、今この瞬間の現実の中にいる。彼らが安全に家族のもとに戻れるかどうかという問いは、統計や政策論の前に、人間の話として問い続けなければならないと思う。どこかの港町で、誰かが今夜も待っている。
ソマリア沖の海賊行為と、日本の消費者生活の距離は思っているより近い。コーヒー豆、ゴマ、カカオ——東アフリカからの農産品を積んだ船もこの海域を通る。インドやバングラデシュの繊維工場で作られた衣料品も同様だ。アジアとヨーロッパをつなぐ海上コンテナの主要ルートは、スエズ運河・紅海・アデン湾・インド洋を通る。世界貿易の約12%がこのルートを使っていると言われる。その一部が迂回や遅延を余儀なくされるだけで、様々な商品のコストに影響が出る。「遠い海の話」ではなく、私たちの買い物かごの中身に続く話だ。
過去の人質事件から学べることは、解決には時間と複雑な交渉が必要だということだ。2009年のマースク・アラバマ号事件(映画「キャプテン・フィリップス」の元になった事件)では、米海軍特殊部隊がわずか数日で人質の船長を救出したが、これはむしろ例外的なケースだ。多くの場合、船社が交渉担当者(ネゴシエーター)を雇い、数ヶ月かけて身代金の金額を交渉する。身代金は平均数百万ドルから数千万ドルに及んだ事例もある。その間、乗組員は船上に拘束されたままだ。解放後も心理的なトラウマが残ることは多く、職業としての船員を続けることができなくなるケースもある。
ソマリア漁民の「海賊化」の背景には、外国漁船による違法操業の問題がある。1990年代から2000年代にかけて、ソマリアが内戦状態に入ると、ソマリアの排他的経済水域(EEZ)を監視・管理できる政府機能が消滅した。この隙を突いて欧州やアジアの漁船が沿岸近くまで入り込み、違法操業を繰り返した。ソマリアの伝統的な漁師たちは漁場を奪われ、生計を失った。海賊行為を始めた人物の中には、自らを「海の自警団」と称した者もいた。もちろん今の海賊行為は純粋な犯罪組織化しており、その論理は成り立たない。しかし根っこにある怒りの出所を知ることは、問題を理解する上で必要だ。
アル・シャバーブとソマリア海賊の関係は複雑で、一枚岩ではない。アル・シャバーブはイスラム主義の武装組織で、国際テロ組織アル・カイダと関係を持つ。海賊行為と連携しているという指摘もあれば、むしろ競合・対立関係にあるという分析もある。少なくとも、海賊が獲得した身代金がアル・シャバーブに流れるルートが存在するとの報告はある。この複雑な関係性は、単純な「海賊退治」では解決できないことを示している。ソマリアの安全保障問題は、海賊・テロ組織・無政府状態が絡み合った多層構造を持っており、一つの手術で切り離せるような性質のものではない。
国連海洋法条約(UNCLOS)のもとで、海賊行為の法的処理にも複雑さがある。公海上での海賊行為は普遍的管轄権の対象となり、どの国の軍艦も逮捕・訴追できる原則だ。しかし実際には、逮捕した海賊を誰が訴追するか、どこで裁判を行うか、服役はどこでするかという実務的な問題が山積する。ケニア、セーシェル、モーリシャスなどの国々が国際支援のもとで海賊訴追の拠点を整備してきたが、処理能力には限界がある。捕まえても起訴できないなら解放するしかないという事態が生じ、「捕まえ損」の問題として現場の軍艦に重くのしかかる。
海事産業全体として、ソマリア問題への対応コストは膨大なものになってきた。武装警備員の乗船費用、迂回ルートの追加燃料費、保険料の高騰——これらを合計すると、ピーク時(2010年〜2012年)には年間60億ドルから70億ドルに及んだという試算もある。海賊問題が「管理できた」とされた後も、武装警備員の乗船は標準的な慣行として残り、そのコストは運賃に織り込まれたままだ。今回の再燃がどの程度続くかによっては、これらのコストが再び急上昇する可能性がある。
ジブチという小国が、この地域の地政学的要衝として極めて重要な位置を占めている。ジブチにはアメリカ、フランス、中国、日本が軍事拠点を置いており、「基地銀座」とも呼ばれる特異な国だ。紅海とアデン湾の接点に位置し、スエズ運河に向かう全ての船が視野に入る戦略的要所だ。日本の海上自衛隊がジブチに拠点を持つことは、中東依存のエネルギー調達を守るための具体的な地政学的投資として理解できる。人口わずか100万人のこの小国が、これだけ多くの大国の軍が共存する場所になっているという事実は、この海域がどれだけ重要であるかを如実に示している。
最終的に、この問題は「誰かが解決する」と待っていられる種類のものではない。アメリカもヨーロッパも、それぞれ自国の利益と資源の制約の中で動く。国連のペースはどうしても遅く、ソマリアの国家建設には数十年単位の時間がかかる見通しだ。日本は世界有数の海運大国であり、世界第3位の経済規模を持つ国でもある。エネルギー輸送路の安全を確保することへの関与は、日本にとって国益であると同時に、国際公共財への貢献という文脈でも正当化できる。どの程度関与するか、どんな形で関与するかは政治的な判断の問題だが、関与しないことのコストを直視した上で議論されるべきだと私は思っている。
海の向こうで起きていることを「遠い話」として処理しないことが、私の出発点だ。今も船の中にいる17人が無事に戻れるよう願いながら、この問題を見続けていきたいと思う。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

コメント