春闘の数字は嘘をついていない。5.09%の賃上げ達成、実質賃金は1.4%のプラス転化。給料は確かに増えた。なのに、スーパーの店員の視点で見ると、買い物客の籠は確実に軽くなっている。2月、3月、4月と3ヶ月連続で消費支出はマイナス。報道された統計数字と、家計が実際に感じている窮迫感のあいだに、何が横たわっているのか。
統計の勝利と家計の敗北。昨年秋の段階では、実質賃金はマイナスが常態だった。物価上昇が賃金上昇を上回る状態が続き、「賃金が上がった」という話を聞いても、手取りで買える量は減り続けていた。その状況が、ようやく反転したというのが今回の数字である。日銀発表の統計によると、3月の実質賃金は前年同月比で1.4%増加。同期の名目賃金は5.09%の上昇を記録した。数字の上では「デフレ脱却が始まった」という議論さえ聞こえてくる。
ところが現実は、数字と逆方向に進んでいる。同じ期間の家計消費支出を見ると、3月は前年同月比3.3%の低下。2月もマイナス1.7%、1月も1.1%のマイナスだった。つまり、実質賃金がプラスに転じた直後から、家計の消費は確実に萎縮している。給料は増えたはずなのに、なぜ家計は手を引くのか。この矛盾は、日本経済の脈動をそのまま反映している。
統計が捉えているのは「サンプル平均」である。実質賃金1.4%という数字は、調査対象となった労働者全体の平均だ。その分布を考えると、何が見えるか。春闘での賃上げは、大企業正社員に手厚い。中小企業労働者、非正規労働者、フリーランスは恩恵を大きく受けていない。平均が1.4%プラスだからといって、家計の多くが実質的に豊かになったわけではない。むしろ、一部が恩恵を受けた分、全体の中央値は動かない、あるいは下がっているかもしれない。
消費が引く理由は、「先行き不安」である。賃金が1.4%増えた、それは事実だ。ただし、その増加分が「手放せない貯蓄」に回り、消費に回らない。なぜか。社会保険料の上昇が賃金上昇の一部を相殺している。医療費、介護費の家計負担も増えている。子どもの教育費は毎年重くなっている。年金の将来不安は消えていない。実質賃金がプラスになったとしても、「今、これを使って大丈夫か」という心理的な抵抗が、家計の手を止めている。
消費が減る家計の心理は、本来なら政策が問い直すべき地点である。日銀はデフレ脱却を掲げ、「物価が安定的に2%以上の上昇を続けるようになった」というメッセージを発してきた。その物価上昇が、給料の伸びを上回った時期が長かった。やっと実質賃金がプラスに転じたのだ。それなのに、なぜ家計は消費しないのか。答えは簡潔だ。家計が感じている「豊かさ」は、統計数字より2年以上遅れている。実質賃金がプラスになった今月の家計が意思決定するときの心理は、昨年秋冬の「どんどん貧しくなる」という実感に支配されている。
統計の勝利は、個人の敗北を隠す。実質賃金が上昇に転じたことは、経済学的には重要な転機だ。だがそれは、平均統計に過ぎない。平均の外に、給料が増えないままの労働者たちがいる。給料は増えても、使える実感がない労働者たちがいる。その人たちの消費行動が、統計よりも先に、経済の向かう先を教えている。
春闘の賃上げと実質賃金のプラス転化は、政策的な「成功」として語られるだろう。日銀は「デフレ脱却が進行中」と発言し、政府は「賃上げの好循環が始まった」と喧伝するだろう。ただ、その声が家計の耳に届くことはない。家計が今、感じているのは「給料は増えたが、先行きは不透明だ」という、統計化できない不安である。
次の観測ポイントは、5月以降の消費トレンドと、賃金効果の波及速度である。春闘の賃上げが本当に家計に届き、そこから消費に結びつくまでには、通常2〜3ヶ月のタイムラグがある。4月末のボーナス支給状況、そして5月以降の消費支出データが、この「統計の勝利」が本物かどうかを判定する。数字が勝ったのか、家計の心理が勝ったのか。その答えは、遅れてやってくる。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。


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