戦争の恐怖を語る遺族と退役軍人。少し前、BBCがこんな興味深いインタビュー映像を公開した。イラク戦争で息子を失った「ゴールドスター・マザー」のリンさんと、退役軍人のジェレミーさんが、アメリカとイランの緊張が高まる中で「戦争になるかもしれない」という恐怖をどう感じているかを語るという内容だ。BBCの北米編集長サラ・スミスが話を聞いている。
「正当か否か」という問いが重い。このインタビューのタイトルが「Justified or not?(正当化されるのか否か?)」というもので、これが刺さった。国家として軍事行動を起こすことが「正当か否か」という問いは、政治家や専門家が議論するものだが、リンさんのような遺族にとっては完全に別の次元の話になる。彼女は息子をすでにイラク戦争で失っている。「また戦争が始まる」という恐怖は、抽象的な地政学的リスクではなく、肉体的な痛みとして蘇ってくるはずだ。一方、退役軍人のジェレミーさんは、戦った側の人間として、また別の複雑な感情を持っている。この二人の声が、今のアメリカ社会の「本音」を映し出している気がして、しばらく頭から離れなかった。
イランとアメリカの対立、その根っこはとても深い。なぜこういう緊張が生まれているのかを少し整理しておきたい。アメリカとイランの関係は、1979年のイスラム革命と、その後のアメリカ大使館人質事件以来、ずっとこじれたままだ。核開発問題、ホルムズ海峡をめぐる覇権争い、そして中東各地でのイランが支援する武装組織との間接的な衝突。この数十年間、両国は「戦争一歩手前」を何度も繰り返してきた。それでも全面戦争にならなかったのは、お互いにそのコストが高すぎることをわかっているからだ。ただ、核問題が再燃し、地域の不安定さが増すと、その「踏みとどまる理由」が薄れていく危険がある。アメリカという国の強さの一つは、こうした「一般市民の声」が政治に影響を与える回路が一応存在することだと思う。リンさんのような遺族の声が報道され、議会や世論に届く仕組みが残っていることは、民主主義の底力として正直評価している。
Xでも「戦争の正当性」をめぐる議論が続いている。X(旧Twitter)で「Justified not military」と検索すると、「軍事行動は正当化されない」という声と、「イランの核開発を止めるためには必要だ」という声が激しくぶつかり合っているのがわかる。特に退役軍人や軍人家族のアカウントからの発信は重みが違う。「自分たちは戦場に行く側だ」という当事者性が言葉に滲み出ていて、政治的なスローガンとは全く違う質感がある。これは正直きつい。机の上で「介入すべき」「しないべき」を議論している人たちと、実際に銃を持って行く人たちのあいだにある距離感が、ここまで可視化されているのかと思うと。
中東の緊張は日本の家計にも直結する。では、これが日本にどう関係するか。非常に直接的な影響がある。日本はエネルギー資源のほぼすべてを輸入に頼っており、中東産原油への依存度は今も高い。ホルムズ海峡はその輸送ルートの要衝で、ここで有事が起きれば原油価格は即座に跳ね上がる。2022年のロシアによるウクライナ侵攻後のエネルギー価格高騰が日本の物価を押し上げ、庶民の生活を直撃したことは記憶に新しい。あのときの再来、いやそれ以上の衝撃が来る可能性がある。日本は外交的には「どちらの側にもつかない」という立場を維持しようとするが、経済的には完全に巻き込まれる。日本の強みは、イランとも比較的良好な関係を保ってきた歴史があることで、過去には橋渡し役を担おうとした実績もある。この「中立性」が今後生きてくる場面があるかもしれない。
ポジティブとネガティブ、二つのシナリオを頭に入れておく。ポジティブなシナリオとしては、アメリカ国内の厭戦感情が強まることで軍事行動が抑制され、外交交渉に戻るという流れが考えられる。イランも経済制裁で疲弊しており、対話のテーブルに着く動機は常にある。そうなれば原油価格は安定し、日本経済への打撃も回避できる。一方、ネガティブなシナリオは、核問題での交渉決裂か、何らかの偶発的な軍事衝突がきっかけで一気に緊張が高まるというものだ。そうなったとき、ホルムズ海峡の通行が制限されれば、日本のエネルギーコストは急騰し、電気代・ガソリン代・食料品の価格上昇という形で家庭に直撃する。企業の生産コストも上がり、景気への逆風は相当なものになるだろう。なんでこうなるんだ、という話だが、現実として起こりうる。
外交の動向と国内の厭戦世論が鍵になる。今後の焦点は二つある。一つはアメリカの国内世論だ。リンさんのような遺族の声が政治にどこまで届くか、次の選挙サイクルの中で「戦争回避」が有権者の優先事項になるかどうかが、政権の判断を縛る力になる。もう一つは日本を含む同盟国・関係国の外交姿勢だ。軍事的に関与できない日本が、経済・外交のチャンネルを使ってイランとアメリカの間に入っていけるかどうか。簡単ではないが、その役割を果たせる数少ない国の一つであることは間違いない。戦場に行く人間の声を丁寧に拾い続けたBBCの報道の意義は、まさにここにある。当事者の感情が世論を動かし、世論が政治を動かす。その回路を信じながら、この状況を注視していきたいと思う。
出典:BBC World


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