2026年3月28日付の英デイリー・テレグラフ紙に掲載されたインタビューで、ドナルド・トランプ米大統領はNATO同盟についてこう述べた。「あんな紙の虎(paper tiger)に、アメリカの若者を縛り付けておく必要はない」。さらに記者の追及に対し、「私が望めば離脱できる。そうすべきかどうかは、今後の同盟国の行動次第だ」と続けた。発言は即座に欧州各国首都に激震をもたらし、NATOの将来をめぐる議論を再燃させた。
「paper tiger」発言の背景——イラン問題が引き金
トランプ発言の直接の引き金とされるのは、3月中旬に開催されたNATO外相会議での出来事だ。ルビオ国務長官を通じて米国は、イランによるホルムズ海峡封鎖リスクに備えた有志連合の形成と、NATO軍艦艇のペルシャ湾配備を求めた。しかしドイツ、フランス、イタリア、スペインを含む主要欧州同盟国は「NATOはインド太平洋・中東の集団防衛機構ではない」として明確に拒否。英国は「条件付き検討」に留まった。
この構図は、トランプ第2期政権が繰り返し直面するジレンマを体現している。ペンタゴンは2026年の国防授権法(NDAA)の非公開付属文書で、中東における米軍単独負担を年間推定340億ドルと試算しており、同盟国との分担を強く望んでいる。欧州側の拒否はこの文脈で「フリーライダー問題の再燃」としてホワイトハウスを強く刺激した。
議会という「制度的防護壁」
しかし、大統領がNATOを離脱できるかどうかについては法的な議論がある。2023年7月に米上院が圧倒的多数(96対1)で可決した「NATO支持決議」、さらに2024年12月に成立した「NATO参加権利保護法(NPTA)」は、大統領単独によるNATO離脱を禁止し、上院の3分の2の承認を義務づけた。現在の上院構成(共和党53、民主党47)では、民主党に加えて共和党内から14名の離脱反対票が必要となる計算だ。
共和党上院議員の多数はNATOを支持しており、マコネル前院内総務(2025年引退後も影響力を持つ)、ウィッカー軍事委員長、コーニン前院内総務らは繰り返しNATO支持を表明している。これを踏まえると、現実的な議会承認は極めて困難だ。ただし、トランプ氏がNPTAに対して違憲訴訟を起こす可能性や、脱退通知を一方的に送付した上で司法判断を仰ぐ「行政府の先行行動」も法学者の間で議論されている。
GDP2%防衛費目標——急進する欧州の数字
トランプ発言が再び欧州防衛費の議論に火をつけた。2014年のウェールズ・サミットでNATO各国はGDP比2%以上の防衛費支出を目標に掲げたが、長年達成できなかった。しかし2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻以来、状況は一変した。
2025年のNATOデータによれば、欧州同盟国のGDP比防衛費は平均1.97%(2020年は1.52%)。個別に見るとポーランドが4.12%と最高水準、バルト三国が3〜3.5%台、英国が2.32%。ドイツは2024年に初めて2%を突破し2.12%を達成した。フランスは2.06%。課題はイタリア(1.49%)、スペイン(1.28%)、ベルギー(1.38%)など南欧・西欧諸国だ。
2025年2月のNATOブリュッセル特別首脳会議では、2032年までにGDP比3%以上への引き上げという新目標が採択された。これはトランプ政権の圧力に加え、ロシアのウクライナ侵攻長期化と中国との関係悪化を背景とした欧州自身の安保認識変化の産物でもある。
欧州防衛自立論——EUによる「戦略的自律」
アルテミスII打ち上げの話題に沸く中、欧州委員会は3月25日に「欧州防衛産業戦略(EDIS)2.0」を発表した。2028年までにEU域内の防衛装備品の40%以上を欧州製で調達するという目標に加え、欧州防衛基金(EDF)の年間予算を現在の10億ユーロから80億ユーロ(約1.3兆円)に拡大することを提案した。
フランスのマクロン大統領が長年主張してきた「欧州戦略的自律」論は、2025〜2026年にかけてかつてないほどの現実性を持ち始めている。2025年9月には欧州版NATOとも呼ばれる「欧州安全保障ピラー(ESP)」の基本条約に15カ国が署名。これはNATOの代替ではなく補完を意図するが、「米国なしの欧州防衛」という問いに初めて具体的な制度的回答を与えるものだ。
問題は能力だ。欧州軍事委員会(EUMC)の内部評価では、欧州がNATO域内での独立した集団防衛作戦を遂行するためには、現在の2〜3倍の統合指揮・制御・通信(C3)インフラへの投資が必要とされる。特に長距離精密打撃能力と衛星情報網は米国依存が深刻であり、短期間での自立は非現実的だという見方も根強い。
日本の安全保障への波及——「同盟の信頼性」という難問
NATOの亀裂は日本にとって対岸の火事ではない。日米安全保障条約は第5条の集団的自衛権条項でNATO第5条と酷似した構造を持つ。「NATOが崩壊するなら日米同盟も——」という連想は、安全保障コミュニティでは過剰反応として否定されるが、一般世論においては防衛費増額の政治的根拠として機能しつつある。
実際、日本の防衛費はGDP比1%(NATO換算で約8兆円)から2027年度目標の2%(約16兆円)への増額方針を2022年に閣議決定した。2026年度予算案では防衛費が過去最大の8.9兆円となっており、2027年度に向けた加速が継続中だ。トランプ政権は日本に対しても「より多くの負担分担」を求めており、在日米軍駐留経費(思いやり予算)の増額交渉が2026年中に山場を迎える見通しだ。
外務省筋によれば、日本政府は3つのシナリオを検討中とされる。第1シナリオは米国がNATOに留まり日米同盟は現状維持。第2シナリオはNATOが形骸化する中での自律的防衛能力の強化(反撃能力の早期整備)。第3シナリオは日米同盟が揺らぐ場合の多国間安全保障枠組み(日英豪、QUADの発展)への傾注だ。林外相は4月2日の国会答弁で「いかなる状況においても日米同盟の実効性を維持することが最優先」と述べたが、具体的な対応策の詳細は明かさなかった。
「paper tiger」は機能するか——威嚇の政治経済学
歴史的に見れば、米国大統領のNATO脅迫は今回が初めてではない。トランプ第1期政権でも繰り返し同盟国への不満が噴出し、NATO離脱をほのめかす発言があった。しかし実際には、米国の対欧州軍事プレゼンス(現在約10万人)は維持され、NATOへの財政的コミットメントも続いた。
経済学的に見ると、米国がNATOを離脱することの損失も相当だ。NATOを通じた欧州基地は米軍の世界展開(中東、アフリカ、中央アジア)の前方拠点として機能しており、これを失えば代替のためのコストが数十億〜数百億ドル規模で発生する試算がある。ランド研究所(2025年)はNATO離脱によって米国が失う戦略的価値を年間550〜700億ドルと推計している。つまりトランプ発言は交渉戦術——「払う気のない請求書をちらつかせる」——としての色彩が強い。
それでも、トランプ発言は「同盟の信頼性」という根本問題を突きつける。NATO加盟国とりわけバルト三国やポーランドは、ロシアの脅威が目前にある中で「第5条が本当に発動されるか」という問いに直面する。この「信頼性の欠如」こそが、長期的にロシアの行動を誤判断させる最大のリスクだと、ブリュッセルの安全保障コミュニティは警戒する。
欧州の岐路
トランプのNATO「paper tiger」発言は、欧州が80年かけて築いてきた大西洋安全保障体制の亀裂を改めて鮮明にした。欧州は今、2つの選択肢の間に立っている——トランプをなだめることで連帯を維持するか、戦略的自律を加速させて米国依存から脱却するか。どちらの道も代償は大きく、時間は限られている。確実なのは、「米国が守ってくれる」という前提が、もはや欧州の戦略計画の基底に置けない時代になったということだ。

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