イギリス上院から世襲貴族が消えた日。700年の伝統を終わらせた法律の中身

ヨーロッパ

92人。イギリスの国会から、たった一本の法律で追い出された人数だ。

2026年3月18日、英国王室の裁可が下り、House of Lords (Hereditary Peers) Act 2026が正式に成立した。これにより、上院(貴族院)に残っていた92人の世襲貴族議員が全員、議席を失うことが確定した。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵——中世から受け継がれてきた称号を持つ人々が、国の法律をつくる場から姿を消す。

「生まれ」で議員になれる国が、先進国にあった。この事実を知ると、多くの日本人は驚くだろう。日本でいえば、徳川家の子孫が自動的に参議院議員になれるようなものだ。選挙もなく、試験もなく、「家系」だけで国の政策に関与できる。21世紀になってもそんな制度が残っていたこと自体が、イギリスという国の複雑さを物語っている。

では、なぜ今だったのか。話は27年前に遡る。

1999年、トニー・ブレア首相率いる労働党政権が貴族院改革に着手した。当時、上院には約750人の世襲貴族が在籍していた。ブレア政権はこれを大幅に削減したが、保守派の反発を避けるため92人を「暫定的に」残すことで妥協した。「暫定的に」——この言葉が、四半世紀も生き延びることになる。

2024年に政権を奪還した労働党のスターマー首相が、ようやくこの「暫定」に終止符を打った。法案は上院で155回もの修正審議を経て、最終的に可決された。自分たちの議席をなくす法案に対して投票するという、民主主義の皮肉がそこにはあった。

「じゃあ、イギリスの民主主義は進んだんだね」と思うかもしれない。話はそう単純ではない。

上院にはまだ約800人の「一代貴族」が残っている。一代貴族とは、首相の推薦で任命される終身の議員だ。選挙で選ばれるわけではなく、時の政権の都合で増やせる。つまり、世襲貴族を追い出しても、「任命制の議院」という根本的な構造は変わらない。NPRの報道では、今回の改革は「始まりの終わり」ではなく「終わりの始まり」だと評されている。

日本の参議院と比べてみると、面白い構図が見えてくる。

日本の参議院も「衆議院のカーボンコピー」と揶揄され、存在意義が問われ続けている。イギリスの貴族院改革は、二院制の「第二院をどうするか」という普遍的な問いに対する一つの回答だ。ただし、イギリスの場合は「血統による権力の継承を断ち切る」という、より根源的な問題に踏み込んでいる。

今回の法律で興味深いのは、例外が設けられた点だ。紋章院総裁(Earl Marshal)と式部長官(Lord Great Chamberlain)の2つの役職は、儀式上の役割として存続する。戴冠式や国会開会式などで必要な「伝統の管理人」は残した。実権は奪うが、文化は壊さない。このバランス感覚は、いかにもイギリスらしい。

700年という時間の重みを、数字で考えてみたい。

世襲貴族が議会に関わるようになったのは14世紀、エドワード3世の時代まで遡る。日本でいえば室町時代だ。足利尊氏が征夷大将軍になった頃から続いてきた制度が、一つの法案で終わった。歴史の転換点は、案外あっけないものだ。

今後の焦点は、上院の「次の形」だ。

スターマー政権は今後、上院の規模縮小や定年制の導入など、さらなる改革を進める方針を示している。一部では選挙制の導入も議論されているが、「選挙制にすると下院と機能が重複する」という反論も根強い。二院制の理想形は、どの国もまだ見つけられていない。

今回の改革を一言でまとめるなら、「遅すぎた一歩だが、確実な一歩」だろう。民主主義は、生まれではなく選択によって成り立つ。その原則がようやく、議会の母国で貫かれた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました