あなたの車のガソリン、その8割以上が通る海峡が封鎖されている。ホルムズ海峡という名前を聞いたことがあるだろうか。ペルシャ湾の出口にある幅約33キロメートルの狭い水路で、世界の原油輸送の約2割がここを通過する。日本にとってはもっと深刻で、輸入原油の約8割がこの海峡を経由している。いま、イラン軍がこの海峡を事実上封鎖しており、トランプ大統領が同盟国に艦艇の派遣を求めている。日本もその要請を受けた国のひとつだ。
日本に例えるとこういうことだ。東名高速と名神高速が同時に封鎖されて、大阪と東京の間の物流がすべて止まった状態を想像してほしい。代替ルートはあるにはあるが、時間もコストも桁違いにかかる。ホルムズ海峡の封鎖とは、日本のエネルギー供給にとってそのレベルの危機だ。原油が届かなければガソリン価格は跳ね上がり、電気代は上がり、プラスチック製品や食品の輸送コストが全部上がる。スーパーのレジで感じる値上がりの原因が、実は中東の海峡ひとつにあるという現実を、今回ばかりは直視する必要がある。
なぜトランプは同盟国に「船を出せ」と言うのか。アメリカは世界最大の軍事力を持つが、ホルムズ海峡のパトロールを一国で続けるのは財政的にも政治的にも限界がある。トランプ政権は「自分の石油は自分で守れ」という論理で、日本やイギリス、フランスに艦艇派遣を求めている。イギリスとフランスは検討中とされているが、まだコミットしていない。日本はさらに難しい立場にいる。憲法上の制約に加え、イランとは独自の外交チャンネルを維持してきた歴史がある。艦艇を出せばイランとの関係が壊れる。出さなければアメリカとの同盟に亀裂が入る。どちらを選んでも代償がある。
2019年にも似たことがあった。ホルムズ海峡付近で日本のタンカーが攻撃を受けた事件を覚えているだろうか。あのとき安倍首相(当時)はイランを訪問中で、その最中にタンカーが攻撃されるという異例の事態が起きた。日本はイランと敵対しない外交姿勢を貫いてきたが、それが「安全の保証」にはならないことを突きつけられた瞬間だった。今回の状況はあの時よりも深刻度が上がっている。
ここで冷静になって、日本にできることを考えたい。軍事的な選択肢だけがカードではない。日本は中東産油国との経済関係が深く、サウジアラビアやUAEとの投資・技術協力も進んでいる。エネルギー調達の多角化も進めてきた。オーストラリアからのLNG、アメリカからのシェールオイル、再生可能エネルギーへの投資。これらが「ホルムズ依存」を下げる保険になる。一方で、外交的な仲介者としてのポジションは日本独自の強みだ。イランともアメリカとも話ができる国は世界でも数少ない。この役割をどう使うかが、今回の局面で問われている。
最悪のシナリオと最善のシナリオを両方見ておく。ネガティブなケースは、封鎖が長期化して原油価格がバレル150ドルを超え、日本のガソリンがリッター250円に迫るような事態だ。そうなれば運送業、製造業、農業のコストが連鎖的に上がり、家計を直撃する。ポジティブなケースは、封鎖が数週間で終わり、日本がエネルギー安保の脆弱性を改めて認識して調達多角化が加速するシナリオだ。短期的な痛みが中長期的な体質改善につながるなら、この危機にも意味がある。
ホルムズ海峡は、日本の生活インフラの急所だ。今後数週間の動きが、2026年の日本経済の方向性を大きく左右する。トランプの「船を出せ」に対して日本がどう答えるかは、エネルギー政策、外交政策、安全保障政策の三つが交差する極めて重い判断になる。少なくとも「遠い中東の話」では絶対にない。あなたの財布に直結する話だ。
出典:The Guardian


コメント