英国議会がBBCの国際放送を巡って動いた。少し前に気になるニュースを見かけた。BBCの報道によると、英国の国会議員たちがBBCワールドサービスの資金問題に「深刻な懸念」を示しているという。現在の政府とBBCの間にある資金協定が今月末で期限切れを迎えるにもかかわらず、次の枠組みが決まっていない。つまり、来月以降どうやって運営費を確保するのか、まだ何も決まっていないということだ。
BBCワールドサービスとは何か。日本でも「BBC」といえば信頼できる国際報道機関として知っている人は多いだろう。BBCワールドサービスはその国際部門で、アラビア語・ロシア語・ペルシャ語・ウルドゥー語など40以上の言語で世界に向けて放送をしている。自由な報道へのアクセスが制限されている地域、たとえばロシアやイラン、ミャンマーといった国の人々にとって、このサービスは外部の情報を得るほぼ唯一の窓口になっていたりする。単なるメディアというより、情報の民主化を支えるインフラに近い存在だ。
なぜこういう事態になったのか。背景にあるのは英国の財政問題だ。ブレグジット後の経済の停滞、コロナ禍、そしてインフレと、英国政府はここ数年ずっと財政的な厳しさの中にいる。公共支出の削減が繰り返し議論されており、BBCへの政府補助も聖域ではなくなってきた。BBCワールドサービスの予算は民間のライセンス料ではなく政府からの外務予算で賄われているため、外交・国防・公共サービスの優先順位をめぐる綱引きに直接巻き込まれやすい。英国という国は歴史的にソフトパワーを非常に重視してきた。帝国主義的な過去の反省もあって、「力による影響力」より「信頼による影響力」を外交の柱に据えてきた側面がある。BBCワールドサービスはその象徴だったはずなのに、いまその灯が揺れている。これは正直きつい。
SNSでも懸念の声が広がっている。X(旧ツイッター)で「MPs deeply troubled」を検索すると、英国の研究者・ジャーナリスト・市民から「なぜ今このタイミングで」「資金確保を先送りし続けた政府の責任だ」「ウクライナやイランへの放送が途絶えたらどうするんだ」という声が次々と上がっている。特に注目したいのは、ロシアやベラルーシに向けた放送を守るべきだという主張だ。ウクライナ戦争が続くなか、ロシア語でのBBC放送は現地の人々にとって貴重な情報源になっている。それが予算不足で縮小・停止されるかもしれないという話は、単なる英国の国内問題ではない。
日本への影響は間接的だが確実に存在する。「英国のメディア資金の話が日本に関係するのか」と思うかもしれない。直接的な経済的打撃ではないが、影響は二つの方向で考えられる。一つ目は情報環境の変化だ。BBCワールドサービスが縮小されれば、国際的な「信頼できる報道」の総量が減る。その空白を埋めるのは誰かといえば、中国の国営メディアやロシアの国際放送になりかねない。日本はアジア太平洋地域での情報戦においてこの動きを無関係とは言えない立場にある。二つ目はソフトパワーの価値についての教訓だ。NHKワールドも似た構造を持っており、国際放送への投資をどう位置づけるかは日本にとっても他人事ではない。日本語・日本文化の発信力を長期的に守るためにも、英国の事例は反面教師になりうる。
ポジティブとネガティブ、両方のシナリオがある。楽観的に考えれば、議員たちが声を上げたことで今月中に暫定合意が成立し、来年度以降の安定した資金枠組みが構築される可能性は十分ある。英国は歴史的にギリギリのところで現実的な判断をすることが多く、国際的な批判を受けてから軌道修正するのも得意な国だ。ソフトパワーの価値を本当に理解しているならば、ここで削れる予算ではないという判断になるはずだ。一方で悲観的なシナリオとしては、財政優先の論理に押されてワールドサービスの一部言語サービスが静かに縮小・終了していくことも十分ありうる。特にアフリカや中央アジア向けの放送は、英国内での注目度が低く削られやすい。そこで生まれた空白に誰が入り込むか、想像するだけでもなんで今これを放棄するんだと言いたくなる。
カギになるのは「合意の期限と透明性」だろう。今後の焦点は、月末という締め切りまでに政府とBBCが次の資金協定に合意できるかどうかだ。仮に合意できても、その規模が現状より削減されるならば実質的な後退になる。議会からの圧力がどこまで財務省を動かせるか、そして英国政府が「国際的な情報の自由」をどこまで外交的資産として評価しているかが問われる。BBCワールドサービスは100年近い歴史を持ち、独裁政権下でも耳を傾けてきた人々の信頼を積み重ねてきた存在だ。その価値は一度失ったら簡単には取り戻せない。英国がそれをわかって決断するかどうか、注目してみていこうと思う。
出典:BBC World


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