初のアメリカ人教皇が最初の聖週間を迎えた。2026年3月の最終週、ローマ教皇レオ14世は生涯初の聖週間(ホーリーウィーク)をバチカンで過ごした。棕梠の主日(パームサンデー)のミサでは、サンピエトロ広場に数万人の信者が集まり、教皇は「神が戦争を正当化するという主張を拒絶する」と訴えた。そして中東に残るキリスト教徒たちのために特別に祈りを捧げた。CNNが報じる通り、レオ14世はロバート・フランシス・プレヴォスト(Robert Francis Prevost)という名のシカゴ出身の神学者・宣教師であり、2025年5月8日のコンクラーベ(教皇選出会議)でカトリック教会史上初めて米国出身者として教皇に選出された。私は彼の存在に、何か時代が変わるような感覚を覚えた。超大国アメリカから来た人物が、世界中の1400万人のカトリック信者を率いる立場に就いたのだ。
レオ14世の経歴は「最もアメリカ的でないアメリカ人」だった。1955年、シカゴ近郊のドルトン(Dolton)で生まれたプレヴォスト師は、幼少期からカトリックの信仰の中で育った。1977年に聖アウグスティノ修道会(Augustinian Order)の修道士となり、1982年に司祭として叙品された。その後の人生の多くをペルーで宣教師として過ごし、教区牧師、神学校の教師、教区行政官など多様な役割を担いながら、ラテンアメリカのカトリック共同体と深いつながりを築いた。この経歴が、コンクラーベで「最もアメリカ的でないアメリカ人」と評された理由だ。かつてシカゴの枢機卿フランシス・ジョージは「米国が世界の支配的な大国である限り、米国出身の教皇は生まれないだろう」と述べたが、プレヴォストは「グリンゴ(yankee)でありながら、私たちの一人だ」とラテンアメリカの枢機卿たちに評価されることで、その障壁を乗り越えた。
レオという名前に込められた意味を考える。教皇の名前の選択は単なる慣習ではなく、宣言だ。レオという名前を持つ過去の教皇は、歴史上重要な局面で教会の指針を示してきた。とくにレオ13世(在位1878〜1903)は、産業革命期の労働者の権利について論じた回勅「レールム・ノヴァルム」(1891年)を著し、カトリック社会教説の基礎を築いた人物だ。また5世紀のレオ1世(大レオ)は、フン族のアッティラに対してローマの街を守った伝説を持つ。プレヴォスト師が「レオ14世」を名乗ることで、社会正義と平和のための教会の役割を重視するというメッセージを発したと解釈されている。現在の中東での戦争という文脈の中で、「神が戦争を正当化するという主張を拒絶する」という彼のパームサンデーでの言葉は、この名前の選択と一致している。
米国出身の教皇という歴史的な意味を理解する。カトリック教会は世界に13億以上の信者を抱え、その多くはラテンアメリカ、アフリカ、アジアに住んでいる。欧州、特にイタリア出身の教皇が2000年以上続いてきた歴史の中で、フランシスコ教皇(2013〜2025)がアルゼンチン出身の初の南米人教皇として登場し、世界に衝撃を与えた。その後継者がアメリカ人というのは、「米国は世界の覇権国だから教皇は出ない」という従来の常識を完全に覆すものだ。プレヴォスト師が選ばれた背景には、彼が純粋な「アメリカ人」ではなく、人生の多くをペルーで過ごした「南米のアウグスティノ会士」として見られたことがある。つまり「形式上は米国人だが、精神的にはグローバルサウスの代表者」という二重のアイデンティティが、コンクラーベの多様な枢機卿団の賛同を得た鍵だった。
パームサンデーでの言葉は何を意味するか。「神が戦争を正当化するという主張を拒絶する」というレオ14世のパームサンデーでの発言は、現在の中東情勢を直接念頭に置いた言葉として受け取ることができる。米国とイスラエルのイランへの攻撃、続く中東全域での戦火の拡大——この状況の中で、初のアメリカ人教皇が「神は戦争を支持しない」と言ったことの重みは大きい。一部のキリスト教保守派は、イスラエルへの無条件の支持と「終末論的」な中東紛争の解釈を組み合わせた神学を持つ。レオ14世のこの発言は、そのような立場への明確な異議申し立てと読める。同時に、米国が当事国として深く関与している戦争に対して、米国出身の教皇が批判的な声を上げたという事実は、政治的・外交的にも大きな意味を持つ。
中東のキリスト教徒が直面している危機を忘れてはならない。教皇が特別に祈りを捧げた「中東のキリスト教徒」とは、誰のことか。イラク、シリア、レバノン、イランには古代から続くキリスト教共同体がある。イラクのアッシリア・キリスト教徒は2003年の米国侵攻以降、宗派間の暴力と移民によってその人口が激減した。シリア内戦ではシリア東方教会の共同体が壊滅的な打撃を受けた。レバノンのマロン派キリスト教徒は、今回の戦争でイスラエルとヒズボラの交戦の影響を直接受けている。イランにはアルメニア系キリスト教徒や他の少数派が存在する。戦争が激化する中で、これらの古代キリスト教共同体は「板挟み」の立場に置かれ、迫害や移住を余儀なくされるリスクが高まっている。レオ14世の祈りは、こうした歴史的共同体への具体的な配慮を示すものだ。
バチカンの外交的役割が問われている。教皇庁(バチカン)は独立した外交主体として、世界中に大使館に相当する「使徒座大使館」を持ち、多くの紛争地域で独自の調停役を担ってきた。冷戦期には東西両陣営との対話を維持し、ポーランドの連帯運動を陰で支援した。ラテンアメリカでは1970〜80年代の軍事独裁政権下で人権擁護のための声を上げた。近年では、キューバと米国の国交回復交渉(2014〜2015年)でバチカンが秘密裏の仲介役を務めたことが明らかになっている。今回の中東危機においても、バチカンは独自のチャンネルを持ちうる。イランにはカトリック教徒の少数派がおり、バチカンはイランとの非公式な外交関係を持つ。米国出身の教皇が、米国が当事国である戦争での仲介者になることには複雑な矛盾があるが、それゆえに「従来の外交ルートが機能しない時の最後の扉」としての役割も考えられる。
日本とカトリック教会の関係という視点からも考える。日本はカトリック信者の人口比率が低い国だが(人口の約0.3%)、長崎・浦上など歴史的なキリシタンの地域はカトリック教会との深い縁を持つ。また、日本の多くの有名大学がカトリック系であり(上智大学、南山大学など)、社会福祉や医療の分野でもカトリック系の施設が重要な役割を果たしている。初のアメリカ人教皇の選出は、日本のカトリック共同体にとっても歴史的な出来事だ。さらに大局的な視点から言えば、レオ14世が中東平和への強い関心を示していることは、日本の仲介外交の可能性を考える上でも意味がある。バチカンと日本が協調してイランとの対話チャンネルを模索するという構想は、突飛に聞こえるかもしれないが、歴史的に見れば非常に日本らしい外交のかたちだ。
今後の展望を示す。レオ14世の最初の聖週間とイースターは、中東が戦火に包まれる中での「平和への祈り」という形で世界に記憶されることになった。彼の教皇としての任期は今始まったばかりだ。アウグスティノ会士としての神学的背景と、ラテンアメリカで培った「草の根レベルの現実感覚」を持つ彼が、カトリック教会の2000年の歴史の中でどのような足跡を残すかは、まだわからない。しかし少なくとも、戦争の是非に対してはっきりと声を上げるという姿勢は、緊迫した国際情勢の中で世界が求めていた「道徳的羅針盤」の役割に近いものを示している。「神が戦争を正当化するという主張を拒絶する」——この言葉を、私は今この時代に必要な言葉として記憶しておきたいと思う。
アウグスティノ会の神学が彼の思想の基盤にある。レオ14世が所属する聖アウグスティノ修道会は、4〜5世紀に生きたヒッポの司教アウグスティヌスの思想を継承する修道会だ。アウグスティヌスの神学の中核には「神の国」と「地の国」の緊張関係という概念がある。地上の政治権力(地の国)は秩序の維持に必要だが、それは神の国の正義に従属するものであり、神の名のもとに暴力を正当化することは誤りだという考え方だ。「神が戦争を正当化するという主張を拒絶する」というレオ14世のパームサンデーでの言葉は、まさにこのアウグスティノ神学の核心を現代の文脈で言い表したものだ。彼の発言は即興的な言葉ではなく、数百年の神学的思索に裏打ちされた発言として理解すべきだ。
聖週間そのものが平和のメッセージを持つ。キリスト教の聖週間は、イエス・キリストが十字架で処刑され、そして復活したという物語を再び生きる週だ。その物語の中心には、暴力によって命を奪われた無実の人間の苦しみと、それを超えた希望がある。戦争が続く中でこの週を過ごすことは、抽象的な「平和の祈り」ではなく、今まさに命を失っている人々の具体的な苦しみに向き合うことを意味する。レオ14世のパームサンデーでのメッセージは、宗教的なシンボルとしての意味を超えて、「戦争の犠牲者の苦しみを忘れないという宣言」として世界に届いた。そのメッセージの受け取り手には、カトリック信者だけでなく、戦火の中に生きるあらゆる人々が含まれる。
バチカンと日本の歴史的な関係を踏まえる。日本とカトリック教会の関係は複雑な歴史を持つ。16世紀にイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に初めてキリスト教をもたらして以来、日本は長い迫害の歴史を経験した。隠れキリシタンの伝統は、長崎・五島列島などに深く根付いている。明治以降の近代化とカトリック教会との関係も複雑だったが、戦後は日本とバチカンの外交関係が正常化し、カトリック系の教育機関や福祉施設が日本社会の中で重要な役割を担うようになった。初のアメリカ人教皇の登場は、日本のカトリック共同体にとって「新しい時代の始まり」として受け止められている。そしてその教皇が戦争に対して明確な道徳的立場を示していることは、日本のカトリック信者だけでなく、平和憲法の精神を大切にする多くの日本人の心にも響くメッセージだ。
今後の展望:教皇が平和仲介者になれるか。レオ14世が今後どのような形で中東紛争に関与するかが、彼の教皇としての最初の大きな試練となる。バチカンには独自の外交チャンネルがあり、イランを含む多くの関係国と非公式な接触を持ちうる。米国出身という立場が障害になる面もあるが、「米国の宗教的良心の代表者として戦争に反対する声」という立場を取ることで、むしろ独自の存在感を示すことができる。2025年のジュビリー(カトリック教会の大聖年)を平和の年として位置付けようとしているバチカンにとって、中東での戦争継続はまさに最優先で取り組むべき課題だ。レオ14世がその仲介役として世界史に名を刻む機会が、今まさに目の前に開かれている。
レオ14世がペルーで培ったものを考える。レオ14世が米国人でありながら「最もアメリカ的でない」と評される理由は、単に長くペルーにいたということではない。ペルーの宣教師として、彼は貧困の中に生きる人々の日常と向き合い、彼らの苦しみを政治的抽象論としてではなく、一人ひとりの具体的な現実として経験してきた。アウグスティノ会の神学が強調する「現実世界への責任ある関与」と、ラテンアメリカの「解放の神学」の影響を受けた牧会経験——この二つが合わさることで、プレヴォスト師は「権力の側に立つのではなく、苦しむ側に立つ教会」という姿勢を身につけた。この姿勢が、中東の戦争犠牲者への祈りと「神は戦争を正当化しない」という発言に結実している。彼の言葉は、権力者への配慮から出た言葉ではなく、苦しむ人々への向き合いから出た言葉として聞こえる。
出典:CNN

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