■ FLASH | 出生地主義廃止を命じた大統領令が最高裁の審判を受ける
憲法の条文が大統領令と正面衝突する局面が来た。トランプ大統領が就任初日に署名した「出生地主義による自動的な市民権付与の廃止」を命じた大統領令は、複数の連邦裁判所によって執行停止が命じられ、最終的に最高裁の判断を仰ぐ運びとなった。修正第14条「米国内で生まれた者は市民権を持つ」という条文と大統領令の整合性が争われるこの訴訟は、米国憲法史上最も重要な判断の一つになりうる。大統領が最高裁の座に問題を持ち込んだ日、150年以上続いた制度の命運が9人の判事に委ねられた。
■ CONTEXT | 出生地主義と修正第14条の歴史
修正第14条は南北戦争後の再建期に生まれた、「アメリカの痛み」の産物だ。1868年に批准された修正第14条は、奴隷解放宣言後も市民権を否定されてきた元奴隷とその子孫に市民権を保障するために制定された。「米国内またはその管轄下で生まれ、または帰化した者は、米国および居住する州の市民である」——この文言は、生まれた場所による市民権の無条件付与を法の基礎として定めた。この解釈は1898年の最高裁判決(United States v. Wong Kim Ark)によって確立されており、以来127年間、法的通念として機能してきた。
「不法入国者の子への市民権付与」への批判は、移民問題の政治化とともに高まった。1990年代以降、出生地主義が「アンカーベイビー」と呼ばれる現象——父母が不法滞在であっても子が生まれれば市民権を取得する——を生んでいるとして、廃止論が保守派の間で広がった。ただし法的には、修正第14条の明文規定がある以上、大統領令での廃止は不可能であり、廃止には憲法改正が必要という見方が主流だった。トランプ政権はこの通念に真正面から挑戦した。
下級審での敗北は予測されていたが、最高裁は別の論点も抱えている。連邦地裁・控訴裁が相次いで執行停止を命じたことは、大方の憲法学者の予測通りだった。しかし最高裁は今回、「全国的差止命令」の合憲性という別の論点も審理する可能性を示唆している。一人の裁判官が全国に及ぶ効力を持つ差止命令を出せるかどうかという司法権の範囲の問題は、出生地主義そのものとは別に、今後の行政訴訟の構造を変える可能性がある。
トランプ政権が最高裁での逆転を期待できる根拠は、保守多数派の構成にある。現在の最高裁は6対3で保守派が多数を占める。しかし修正第14条の文言は「不法滞在者の管轄」に関する解釈論として、保守派の中でも見解が割れうる。文言解釈を重視する「オリジナリスト」の立場からも、1868年当時の議会の意図が不法入国者の子を含んでいたかどうかは議論の余地がある。政権はこの解釈論的隙間に賭けている。
■ PRISM | 日本の国籍制度と対比
日本は出生地主義ではなく血統主義を採る国だ。日本の国籍法は原則として父または母が日本人である場合に子に日本国籍を付与する「血統主義」を採用している。日本で生まれても父母が外国籍であれば日本国籍は付与されない。この制度は、米国の出生地主義とは対極にある。少子化と外国人人口増加の文脈で、日本でも在日外国人の子どもの法的地位や定住外国人の参政権論争は続いているが、国籍制度の根本的な転換は現時点では議論の俎上に乗っていない。
米国の出生地主義廃止論の動向は、日本の制度設計への間接的な参照点となる。移民国家・米国が「生まれた場所」による市民権付与を制限する方向に動けば、国際的な「国籍の原則」についての議論が再燃する。日本も少子化対策として外国人の受け入れを拡大している以上、定住外国人の子どもをどう位置づけるかは、将来的な政策課題として無視できない。米国の法廷での議論は、日本の政策論争の先行事例として観察する価値がある。
■ SCENARIOS | 最高裁判決の二つの結末
ポジティブシナリオでは、最高裁が出生地主義を維持し、憲法秩序が守られる。修正第14条の明文規定と150年の判例を尊重する形で最高裁が大統領令を無効と確認すれば、憲法が大統領令に優位するという権力分立の基本原則が再確認される。行政権の拡大傾向に司法がブレーキをかけ、移民法改正の議論が立法府に戻る。大統領令ではなく議会立法によって移民政策を決める民主的プロセスへの回帰だ。
ネガティブシナリオでは、保守多数派最高裁が出生地主義の「例外」を認め、市民権の定義が変わる。万が一最高裁が政権の主張を支持し「管轄」の解釈を狭めれば、不法滞在者の子への市民権付与が制限される。この判断は移民コミュニティに計り知れない打撃を与え、数十万人の子どもの法的地位が不安定化する。国際社会からは「米国の多様性と包容力の終焉」という批判が高まり、外国人の対米感情が悪化する。憲法の文言が政治によって書き換えられる前例は、民主主義の基盤を揺るがす。
■ DATA ROOM | 出生地主義と移民の数字
制度の規模を数字で確認しておく。米国では年間約380万人が出生し、そのうち推定10〜15万人が不法滞在者の親を持つとされる。出生地主義廃止論者が問題視する「アンカーベイビー」の実数は諸説あるが、政治的に誇張されてきた側面がある。修正第14条の制定から150年以上、出生地主義は米国の多民族社会の形成に貢献してきた。この制度の下で市民権を取得し、米国社会の各分野で活躍してきた人々の数は、累計で数千万人に上ると推計される。
■ HAIJIMA’S TAKE | 憲法は誰が書き換えるのか
私が今回の訴訟に感じる根本的な不安は、「解釈」の名のもとで憲法が変質する可能性だ。修正第14条の文言は明確だ。「米国で生まれた者は市民だ」と書いてある。それを大統領令で変えようとする行為は、憲法改正手続きを無視した実質的な憲法改変に他ならない。最高裁がこれを認めれば、「解釈」は無限に広がる。今日は出生地主義、明日は表現の自由、明後日は適正手続き——大統領が「自分の解釈」で憲法を書き換えられるなら、憲法は意味を失う。
しかし同時に、修正第14条の制定者が21世紀の不法移民問題を想定していたかという問いも、正直に向き合うべきだ。1868年の文脈と2026年の文脈は異なる。憲法の文言が時代の変化に応じてどう解釈されるべきかは、常に問い続けられなければならない。しかしその問いへの答えは、大統領令ではなく民主的な立法と正式な憲法改正の手続きを経て出されるべきだ。椅子取り合戦の勝者は、最も多くの椅子を持つ者ではなく、ルールに従った者であるべきだと、私は思っている。
この記事を書いた人
灰島
30代の日本人。国際情勢・地政学・経済を日常的に読み続けている。歴史の文脈から現代を読むアプローチで、世界のニュースを考察している。専門家ではないが、誠実に、感情も交えながら書く。

