こういうニュースがあった。BBCが伝えた記事によると、ペルシャ湾に停泊したまま動けなくなっている船の上で、多くの船員たちがドローンや巡航ミサイル、戦闘機が飛び交う光景を日常として過ごしているという。「船の上には隠れる場所がない」——記事のタイトルにあるその言葉が、ずっと頭に残っている。
つまり、こういうことだと思う。紛争や軍事的緊張が高まっている海域で、商船や貨物船がさまざまな事情から港に入れず、あるいは航路を変更できず、湾内にとどまり続けている。船員たちは自分の意思でそこにいるわけではない。仕事として船に乗り、海の上にいるだけだ。それなのに、頭上を兵器が通過していく。逃げ場はない。鉄の箱の中で、ただ空を見上げることしかできない。そんな状況が、いま現実に起きている。
なぜこんなことになっているのだろうか。ペルシャ湾という場所は、古くから東西の文明が交わる海上交通の要衝だった。この地域の国々——イラン、イラク、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、クウェート、オマーン——それぞれが豊かな歴史と文化を持っている。特に湾岸諸国は、石油による経済発展だけでなく、砂漠の中で水を分かち合い、交易を通じて異なる民族と共存してきた長い歴史がある。ホスピタリティを重んじる文化、客人をもてなすことを美徳とする精神は、この地域の人々が本来持っている温かさだと思う。けれど、地政学的な利害の交差点にあるがゆえに、この海はいつも大国の思惑に翻弄されてきた。イラン・イラク戦争のタンカー戦争、湾岸戦争、そして近年のイエメン情勢に端を発するフーシ派の攻撃——歴史が繰り返す暴力の連鎖の中で、いつも最初に犠牲になるのは、名前も知られない普通の人たちだ。船員たちも、まさにその「普通の人たち」なのだと思う。
Xで「There hiding place」と検索してみると、この状況に対するさまざまな声が見える。船員の家族と思われる人の切実な投稿もあれば、海運業界の関係者が安全確保の難しさを訴えているものもある。怒りの声、不安の声、そして「なぜ誰も助けないのか」という問いかけ。どの言葉にも、遠い海の上で起きていることが決して他人事ではないという実感がにじんでいた。
日本に暮らしていると、ペルシャ湾の緊張は遠い世界の話に感じるかもしれない。でも、本当にそうだろうか。日本が輸入する原油のおよそ九割は中東に依存している。この海域の航行が不安定になれば、エネルギー価格は跳ね上がり、ガソリン代、電気代、物流コスト、そして日々の食料品の値段にまで影響が及ぶ。日本は資源に乏しい島国だけれど、だからこそ長い年月をかけて省エネ技術を磨き、エネルギー効率の高い社会を築いてきた。再生可能エネルギーへの転換も少しずつ進んでいる。その粘り強さは、日本という国の静かな強さだと僕は思っている。けれど、それでもなお、中東の海が不安定であることの影響から完全に逃れることはできない。
もしこの緊張が対話によって和らぎ、航行の安全が回復されれば、エネルギー市場は安定し、世界経済にも日本の家計にも穏やかな風が吹くだろう。各国が海上の安全保障について協調し、船員たちの保護を最優先に据える枠組みが機能すれば、同じ過ちを繰り返さずに済むかもしれない。一方で、紛争がさらにエスカレートし、主要な海上ルートが封鎖されるような事態になれば、石油価格の急騰はもちろん、世界的なサプライチェーンの混乱が起き、日本経済にも深刻な打撃となる。食料もエネルギーも輸入に頼るこの国で、物価高と供給不安が同時に押し寄せたとき、暮らしはどうなるのか——想像するだけで胸が苦しくなる。
船の上には隠れる場所がない。その言葉を何度も反芻している。彼らは兵士ではない。政治家でもない。ただ、生活のために海に出た人たちだ。家族がいて、帰る場所があって、でも今はそこに帰れない。世界の海が誰かの戦場になるとき、そのしわ寄せは必ず、声を上げられない人たちのところに届く。どうか、あの海に静けさが戻る日が来てほしい。船員たちが安全に家族のもとへ帰れる日が、一日でも早く訪れることを、心から願っている。


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