東アフリカのメディア大再編。少し前、気になるニュースを見かけた。BBCの報道によると、東アフリカ最大のメディアグループが、ロスタム・アジズという億万長者の手に渡ったという。この人物はタンザニアを拠点にするビジネスマンで、政治との距離も近いとされている。報道の自由を支持する側からは、当然ながら懸念の声が上がっている。
「資本がメディアを飲み込む」構図。自分なりにこのニュースを整理すると、こういうことだ。東アフリカ一帯に広がる複数のテレビ・ラジオ・新聞メディアを傘下に持つグループが、特定の富裕層に買収されたことで、これだけの規模の情報インフラが個人の影響下に入ることになった。問題はその「個人」が、政治的にもビジネス的にも複雑な利害関係を持つ人物だという点だ。買収自体が違法なわけではない。でもだからこそ、「合法的に報道をコントロールできる構造が生まれた」というのが、批判者たちの言いたいことだと思う。これは正直、嫌な話だ。
アフリカのメディアが抱える構造的な脆弱性。なぜこういうことが起きるのか、背景を少し考えてみる。東アフリカの多くの国々では、植民地時代からの歴史的経緯もあって、メディアの経営基盤が脆弱なケースが多い。広告収入だけでは経営が成り立ちにくく、強力なスポンサーや資本家の庇護に頼らざるを得ない構造が続いている。一方でこの地域には、優秀なジャーナリストも数多くいて、政府の腐敗や社会問題を真剣に追い続けてきた歴史もある。ケニアやタンザニアのメディアは、その調査報道の質において国際的に評価されてきた部分もある。そういう積み重ねがあるだけに、今回の動きがどう影響するかは、単純ではないと感じる。
SNS上でも懸念の声が広がっている。X(旧Twitter)で「Fears for press」と検索してみると、今回の件に限らず、世界各地の報道の自由に関する懸念が次々と出てきた。「富裕層によるメディア買収は民主主義への侵食だ」という声もあれば、「東アフリカのジャーナリストたちへの連帯」を表明する投稿もある。こういう問題に対して国際的な関心が集まること自体は、まだ希望があると思う。ただ、関心がそのまま改善につながるかというと、それはまた別の話だ。
日本には直接影響しないように見えて、実は関係ある。「東アフリカのメディア買収が日本の暮らしに関係するのか」と思う人もいるかもしれない。正直、直接的な経済影響は薄い。ただ、少し視野を広げると見えてくるものがある。日本はアフリカへの経済進出を強化しており、TICAD(アフリカ開発会議)などを通じてインフラ投資や人材育成を続けてきた。その投資先の「情報環境」がどうなっているかは、日本企業のリスク管理にも直結する。メディアが特定の権力者に握られた国では、腐敗に関する報道が消え、ビジネス環境の実態が見えにくくなる。日本は「透明性のある情報に基づいたビジネス判断ができる国」として世界的に評価されているからこそ、そういう環境が崩れた地域での対応に、より慎重さが求められることになる。
ポジティブとネガティブ、二つのシナリオ。今後どうなるかを考えると、二通りのシナリオが見えてくる。まずネガティブな方向では、新オーナーの意向が編集方針に影響し、政権批判的な報道が減少、ジャーナリストの自主規制も進むという流れだ。これは一度始まると、外からは止めにくい。現場のジャーナリストたちが転職や沈黙を選んでいくことで、じわじわとメディアの質が落ちていく。一方でポジティブなシナリオもある。国際的な監視と批判が強まることで、新オーナーが「報道の独立性を侵害していない」というポーズを維持せざるを得なくなるケースだ。実際、こうしたケースでは買収直後こそ緊張感が走るものの、ジャーナリストたちが団結して独立性を守り抜いた例も世界にはある。アフリカのシビルソサエティ(市民社会)は、この十年で着実に力をつけており、外部からの圧力と内部からの抵抗が組み合わさると、案外持ちこたえることもあるのだ。
「誰がメディアを持つか」より「誰が見ているか」が鍵になる。今後の焦点は、国際メディア団体や国内の市民社会が、このメディアグループの報道姿勢をどれだけ継続的にモニタリングし続けられるかにかかっていると思う。監視の目が届いている間は、露骨な介入はしにくい。日本を含む国際社会がアフリカへの関与を続けていく上でも、「報道の自由が守られているかどうか」を投資判断や外交の評価軸のひとつに加えていくことが、これから重要になってくるだろう。資本はメディアを買えるが、それが即座に「真実を消せる」ということにはならない。それを証明するかどうかは、現地のジャーナリストたちと、彼らを支持する国際的な目にかかっている。
出典:BBC World


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