100年越しの文化財返還が動いた。こういうニュースがあった。フランスがコートジボワールから100年以上前に略奪した聖なる太鼓「ジジ・アヨクウェ」を返還したという話で、詳細はGuardianのこの記事に載っている。正直、こういうニュースに出会うと素直にほっとする。世界がどんどんきな臭くなっている中で、「過去の過ちをちゃんと認めて、返すものを返す」という動きは、理屈抜きで気持ちがいい。
聖なる「語りかける太鼓」の返還。この太鼓、ただの骨董品じゃない。「トーキングドラム」と呼ばれる種類のもので、アフリカの各地でコミュニティの声、儀礼、言葉そのものを伝える役割を持っていた楽器だ。ジジ・アヨクウェはコートジボワールのアビジャン近郊の人々にとって精神的な核ともいえる存在で、1916年にフランスの植民地行政当局に没収されてから、100年以上ずっとフランスに置かれたままだった。それが今月、パリでコートジボワール側に手渡され、金曜日の朝に現地の空港に到着したという。返ってきたものの重さが、なんとなく想像できる気がする。
植民地支配と文化略奪の歴史。なぜこういうことが起きたのかを少し整理しておきたい。ヨーロッパ列強が19〜20世紀にアフリカをはじめとする地域を植民地化した際、現地の文化財・宗教的遺物・美術品を「発見」「保護」という名目で大量に持ち去った。フランスもその例外ではなく、ルーブル美術館やフランス国内の博物館には今もアフリカ由来の文化財が数多く収蔵されている。ただ、近年のフランスはこの問題に正面から向き合おうとしている。2017年にマクロン大統領が「アフリカの文化遺産をアフリカに返還する」と宣言してから、少しずつだが返還の動きが具体化してきた。コートジボワール自身も、独立後60年以上かけて民主化や経済成長の試みを重ねてきた国で、アビジャンは西アフリカ有数の経済都市として知られている。文化の回復と経済の自立を同時に進めようとしている姿は、率直に言って力強い。
世界の反応もじわじわ広がっている。X(旧Twitter)で「France returns sacred」と検索すると、英語圏でもこのニュースへの反応がちらほら見える。「遅すぎる」「でも一歩前進」「他の国々も続くべきだ」という声が混在していて、感情的な反応から冷静な評価まで幅広い。面白いのは、イギリスやベルギーへの「お前らはどうなんだ」という声も出ていることで、この返還がひとつのプレッシャーになっていることがわかる。フランスが動けば他国も動かざるを得ないという連鎖反応、これは地味に重要な流れだと思う。
日本への経済的な影響は直接的ではないが。では、これが日本の経済や暮らしに直接影響するかというと、短期的にはほとんどない。ただ、間接的な文脈で考えると話は少し変わってくる。コートジボワールはカカオの世界最大の生産国のひとつで、チョコレートの原料として日本にも関係が深い。この国との信頼関係や政治的安定は、農産物の安定調達という意味で無視できない要素だ。また、日本はフランスと同様に「過去に植民地だった地域から文化財を持ち出した歴史」を持つ国でもある。朝鮮半島や東南アジアとの間で、文化財の返還問題は今も完全には解決していない。フランスの今回の決断は、日本が同様の問題とどう向き合うかを考える上でもひとつの参照点になり得る。日本はこの種の外交において、慎重さと誠実さを両立させることが得意な国でもある。そのDNAを活かせる場面が来るかもしれない。
ポジティブとネガティブ、両方の展開がある。ポジティブなシナリオから言うと、フランスのこの動きが他のヨーロッパ諸国にも波及し、文化財返還が国際的な規範として定着していく可能性がある。それはアフリカ諸国と旧宗主国との関係改善につながり、政治的安定・経済協力の深化という形で日本を含む世界全体にとっても良い方向に働くだろう。コートジボワールへの投資環境が改善されれば、日本企業にとっても西アフリカ市場へのアクセスが広がる。一方でネガティブなシナリオとしては、返還の動きが政治的なパフォーマンスにとどまり、実質的な関係改善につながらないケースも考えられる。過去の清算は「返した」で終わるものではなく、その後の対等なパートナーシップが伴わなければ意味が薄れる。象徴的な返還が繰り返されるだけで、経済的・政治的な不平等構造が温存されれば、むしろ摩擦の火種になる可能性もある。
この流れが続くかどうか、フランスの本気度が鍵だ。今後の展開として可能性が高いのは、フランスとアフリカ各国との間で文化財返還に関する協議が加速し、数年以内にまた別の大きな返還ケースが出てくることだ。そのたびにこの問題は国際的な注目を集め、日本を含む非欧米諸国にも「あなた方はどうするか」という問いが向けられるだろう。日本がこの文脈でどういう姿勢を示すかは、外交的な評価に直結する。フランスの今回の決断が本物かどうかは、続く行動で判断される。ただ少なくとも今この瞬間、100年ぶりに故郷の土を踏んだ「聖なる太鼓」の話は、久しぶりに気持ちが上向くニュースだった。世界もまだまだ捨てたもんじゃない。


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