こういうニュースが飛び込んできた。アメリカ軍の空中給油機がイラク西部で墜落し、乗員4名が亡くなったという。BBCの報道によれば、米中央軍(セントラルコマンド)が事故を確認し、現在も救助活動が続いているとのことだった。
空中給油機というのは、戦闘機や輸送機が長距離を飛ぶために空の上で燃料を補給する、いわば「空飛ぶガソリンスタンド」のような存在だ。華やかな戦闘機の陰に隠れがちだけれど、これがなければ現代の軍事作戦はほとんど成り立たない。そんな縁の下の力持ちのような機体が、イラクの空で落ちた。敵の攻撃によるものなのか、機体のトラブルなのか、詳細はまだ明らかになっていない。ただ確かなのは、4人の人間がそこにいて、もう帰ってこないということだ。
なぜアメリカ軍がいまもイラクの空を飛んでいるのか。それを理解するには、2003年のイラク戦争まで、あるいはさらにその前の湾岸戦争まで遡る必要がある。あの地域にはアメリカが20年以上にわたって軍事的に関与し続けてきた長い歴史がある。ISILとの戦い、地域の安定化、同盟国の支援——名目はさまざまに変わっても、アメリカ軍のプレゼンスは消えなかった。イラクという国は、古代メソポタミア文明の発祥地であり、チグリス・ユーフラテスの流域には人類の知恵の原点がある。バグダッドはかつてイスラム世界の学問と文化の中心地だった。そんな深い歴史を持つ土地が、この数十年、絶えず戦火と隣り合わせにあるという事実に、僕はいつも言葉を失う。
Xで「Four killed after」と検索してみると、さまざまな声が流れてくる。亡くなった兵士たちへの追悼の言葉、事故原因への疑問、そしてそもそもなぜまだ中東に兵を置いているのかという根本的な問いかけ。国を守るために遠い土地へ赴いた人たちの死を、ある人は英雄として悼み、ある人は政策の失敗として怒る。どちらの感情も、たぶん本物だろう。僕には正解を出す力はないけれど、少なくともその両方の声を聞いておきたいと思った。
日本に暮らす僕たちにとって、イラクでの米軍機の墜落は遠い出来事に感じられるかもしれない。けれど、中東の安定はエネルギー供給に直結していて、日本は原油の大部分を中東地域からの輸入に頼っている。もしこの事故が何か大きな軍事的緊張の兆候だったとしたら——たとえば米軍のイラクからの撤退論が加速するとか、地域の治安が揺らぐとか——原油価格に影響が出ないとも限らない。ガソリン代、電気代、物流コスト。僕たちの日常はそういう見えない糸で、遠い砂漠の国とつながっている。一方で、日本にはエネルギー政策を柔軟に見直してきた歴史がある。再生可能エネルギーへの転換、省エネ技術の高さ、そして何より資源のない国で工夫を重ねてきた知恵。そうした蓄積が、こういう不安定な世界情勢のなかで静かに僕たちを支えているのだろうと思う。
この先を考えてみる。ポジティブに捉えるなら、この事故は単発の不幸な事故であり、中東情勢そのものには大きな変化をもたらさないかもしれない。事故原因が究明され、再発防止策が講じられ、イラクにおける安定化の取り組みは粛々と続いていく。そうであってほしい。けれど、ネガティブな方向を想像すれば、この事故をきっかけに米国内で中東駐留への批判がさらに強まり、撤退が拙速に進んでしまう可能性もゼロではない。力の空白が生まれれば、過激派が再び勢力を広げるかもしれないし、地域全体の不安定化がエネルギー市場を揺さぶることもありうる。どちらの未来が来るのか、今の僕にはわからない。
ただ、わからないなりに、願うことはできる。亡くなった4人の兵士に家族がいたはずだ。朝ごはんの匂いや、誰かの笑い声や、帰ったらやろうと思っていたことがあったはずだ。その人たちの死が、せめて何かの教訓になってほしい。遠いイラクの空の下で起きたこの出来事が、世界をほんの少しでも慎重に、丁寧にする方向へ働いてくれたらと思う。そう祈ることしか、今の僕にはできない。

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