イギリスが自ら「重要」と言ったプロジェクトを廃止。ちょっと気になるニュースを見かけた。ガーディアンの報道によると、イギリス政府がアフリカ6カ国の医療人材育成を支援してきた「グローバル・ヘルス・ワークフォース・プログラム(GHWP)」を廃止すると決めたという。しかもこのプロジェクト、つい最近までイギリスの閣僚たちが「将来のパンデミアから英国を守るために不可欠だ」と強調していたものだ。それを自ら切り捨てる。これは正直きつい。
なぜ廃止されるのか、その背景。理由はシンプルで、対外援助予算の大幅削減だ。イギリスは近年、国防費の増強や国内経済の立て直しを優先する方向に動いており、開発援助予算は削減の矢面に立たされている。GNI(国民総所得)の0.7%を援助に充てるという国際的な目標をイギリス自身が主導して推進してきた歴史があるにもかかわらず、実際にはその水準を大きく下回る方向で動いている。「援助の旗手」として誇りを持ってきた国が、その旗を自分で降ろしていくような構図だ。
イギリスという国の「理想と現実」の乖離。歴史的に見ると、イギリスは国際保健分野でかなりの貢献をしてきた国だ。エボラ出血熱への対応支援、HIV対策、ワクチン普及など、資金と専門知識の両面でアフリカの医療インフラを支えてきた実績がある。植民地支配という暗い過去を持ちながらも、その責任を開発援助という形で果たそうとする姿勢は、少なくとも一定の評価ができる。そういうまともな側面があるだけに、今回の決定はなんというか、自己矛盾が激しい。「次のパンデミア対策に必要」と自分で言っておきながら廃止するのは、さすがにおかしくないか。
X上でもこの廃止への反応が広がっている。X(旧Twitter)で「government axes flagship」と検索すると、医療関係者や国際開発の専門家からの批判的な声が目立つ。「短期的な財政節約が長期的なパンデミアリスクを高める」という指摘や、「アフリカの医療人材育成は結果が出るまでに10年単位かかるのに、途中で打ち切るのは最悪のタイミングだ」という声も見かける。援助を「コスト」として見るか「投資」として見るかで、評価が真っ二つに割れる議論だと感じる。
日本への影響は、じわじわとした形で現れる。これが直接的に日本の家計や株価に影響するという話ではない。ただ、パンデミアというのは国境を選ばない。アフリカの医療インフラが脆弱なままであれば、感染症が拡大したときの封じ込めが遅れる。新型コロナウイルスの際に世界が学んだように、どこかひとつの地域で爆発的な感染が起きれば、それは数ヶ月以内に日本にも波及してくる。日本はこの教訓を身をもって経験した国だ。観光業、製造業のサプライチェーン、インバウンド需要、あらゆるものがパンデミアで止まった記憶はまだ新しい。
日本には「長期視点の援助」という強みがある。一方で日本の国際協力の歴史を振り返ると、JICAを通じた医療・保健分野の支援は比較的地道で継続性が高い。「撤退しない援助」「現場に根付く技術移転」という日本のアプローチは、国際社会でそれなりに評価されている。イギリスが撤退する今こそ、日本がアフリカの医療人材育成に関与を深める余地が生まれているとも言える。これは外交的なチャンスでもある。
ポジティブとネガティブ、両方のシナリオを考える。悪い方向に進むとすれば、欧米各国がそれぞれ援助を削減していく中で、アフリカの公衆衛生インフラが空洞化し、次の感染症危機に対して世界全体が脆弱な状態で直面するという展開だ。コロナ禍で見せた「先進国による医療資源の囲い込み」という醜い構図が再現されるリスクもある。逆に良い方向としては、日本やEU諸国、あるいはアフリカ諸国自身がこの空白を埋める動きに出て、援助の構造が「欧米依存」から「多極化」へとシフトしていく可能性だ。アフリカ連合が独自の医療機関「アフリカ疾病予防管理センター」を強化しつつあることも、その文脈で注目に値する。
カギは「誰が次の担い手になるか」だ。今後の展開を見るうえで重要なのは、イギリスが抜けた穴を誰が、どういう形で埋めるかという点になるだろう。日本政府が今年から来年にかけてどういうODA方針を示すか、そしてアフリカ側の医療自立への投資がどう進むかが、分岐点になる。パンデミア対策というのは究極のグローバル公共財であり、誰かが負担しなければ全員が損をする。イギリスの撤退は残念な決定だが、それをきっかけに国際的な役割分担の議論が前進するなら、長期的には構造改善につながる可能性もある。悲観しすぎず、ただし楽観もせず、日本がどう動くかを注視したい。


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